48 真実の力 【48-2】

その頃、あずさはまだ『アカデミックスポーツ』の事務室奥にいた。

撮影を終えた美佳が、その前に座っている。

打ち合わせの日、文句を並べ立てたマネージャーは、事務所内の別タレントの仕事から、

こちらに向かっている途中だと、連絡を受けた。

美佳は一人で次の仕事に向かうことはせずに、マネージャーの到着を待つことになる。


「この前は、ありがとう」


美佳は、あずさと二人きりになると、そう言った。

あずさは『何ですか』と聞き返す。


「ほら、椅子……わざと倒してくれたでしょ」


美佳は、自分が怒られているのを見たあずさが、わざとやっていたことに気付いていた。

あずさは、『いいえ』と笑顔になる。


「いつも、あんなふうに言われてしまうの?」


あずさは、そう聞いたあと、余計なことを聞いてしまった気がして、

『ごめんなさい』と下を向く。


「いいの……。そう、私、怒られない日がないくらい、いつも怒られているから」


美佳は、自分は要領が悪くて、ドジばかりしていると笑顔を見せる。


「自分がなりたくて入った世界だし、頑張らないとと思うのだけれど……。
ピシッと出来なくて。お前には何もないのだからって言われるたびに、
そうだなと思いつつ、哀しくなるのよね」


美佳は、自分があずさに愚痴を言っていることに気付き、

慌てて今のは忘れてと、両手を顔の前で交差する。


「ごめんなさい、あれこれ……これからよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」


あずさは、年齢も近いし、遠慮なく色々と言ってくださいねと、美佳に話した。





『BEANS』を訪れたカンナの気まぐれな行動は、

マネージャーが次の仕事に遅れますと泣く寸前まで、30分くらい続いた。

その台風が過ぎ去ってからも、『BEANS』内は、いつもの穏やかな空気ではなく、

どこか浮かれたようなざわざわしたものが残っている。

岳は席を立つと階段を降り、賃貸分野と同じフロアにある『広報部』へと向かう。

その途中で上がってくる千晴に会った。


「千晴さん」

「何?」

「今日の判断は、『広報部』? それとも千晴さんなのか」


岳は、カンナが撮影に来る日は別の日だったはずだと話す。


「『アカデミックスポーツ』で写真撮影があって、その時に萩野カンナが言い出したの。
近くまで来ているのだから、挨拶をしたいって」

「挨拶?」

「そう……」


千晴は階段の手すりに寄りかかると、それならばと広報部に連絡し許可を取ったと話す。


「だったら、広報部だけ回ってもらえばよかっただろう。経営企画には関係がない」

「関係なくはないわ。実際、ドラマの中で彼女が演じるのは、そっちの仕事だし」


千晴は、別に中に入ったわけではないのだからと言いながら、顔をそらす。


「『岸田』のこと、『紅葉の家』とのこと。新築現場のこと、
今、うちは色々と抱えていて、細かい作業も判断も多い。
千晴さんも事務補助として部屋にいるのだから、
あんなふうに予定外のことをされたら、迷惑だということくらいわかるだろう」


岳は、社員たちがすっかり浮かれていると話す。


「せめて、今日来るのなら前もって連絡を入れてもらうなり、
別の日にするなり、対応が出来たはずだ」


岳の言葉に、千晴は聞こえるようにわざと大きく息を吐く。


「あぁ……もう。そうよ、岳の言うとおり、私は何もわからない。
わかるわけがないでしょう。仕事なんて理解していないのだから。
最初から戦力としても期待されていないし、やることといったらコピーだの、
書類運びだの、アンケートまとめだの。誰だって出来ることばっかり」


千晴は岳を見る。


「そう、誰だって出来るのよ。あの子にだって出来るの。
前にしていたものね、岳の肩を揉むとか言って、ウロウロと出入りして」


千晴はあずさのことを話しだす。


「人にあれこれ文句を言わないで。
誰もかれもが、あなたのようなポジションにいるわけではないの。
生まれたときから上にいる岳には、下から見上げる人間の気持ちなんて、
理解できないのよ」


岳は何を言い出すのかと、千晴を見る。


「そう、理解できないの、ううん……出来なくていいのよ」


千晴は階段の手すりを強く叩く。


「何をしているの。あなたこそ何をしているのよ。いい、岳は、
あの子はいい子だからなんて理由で、相手を選んじゃダメなの。
財力と権力と、並べないものを選ればいいの。
『三国屋』のお嬢さんと結婚すればいいのよ。今はもの珍しく見えても、
絶対に、気持ちが変わる」


千晴は、この前あずさに会ったので、『せいぜい、遊ばれないように忠告した』と言い、

岳の横を通ろうとする。


「おい……」


岳がつかもうとした手を、千晴が先に払うような形で逃げてしまう。


「気に入らないのならどうぞ、叔父さんや叔母さんに言って、
私のことは解雇にしてください」


千晴は岳の制止を振り切り、そのまま階段を上がっていく。

姿は見えなくなり、足音だけは小さくなっていく。

岳は、千晴が今までも、人に毒を吐く姿を何度も見てきたが、

今の言い方や態度はそれだけではない気がしてしまう。

広報部に文句を言おうとしていた足は止まり、しばらくその場に立ち続けた。





「写真撮影をして、とりあえずその様子を眺めて、
その後、星川美佳さんと少し世間話をしたというのが、今日の仕事です」

「世間話」

「はい」


あずさはその日の仕事を終えると、岳と待ち合わせをして、食事に向かった。

話題は、初めて関わる『芸能界』という世界。


「何をするのかがわからないので、どこに立っていたらいいのかとボーッとしていたら、
『そこは映ります』とカメラマンから注意されるようなこともあって。
でも、千晴さんが、こっちって指示を出してくれて」


あずさは、千晴が細かいところに気付いてくれたので、すべて委ねていたと笑う。

岳はそうだったのかと、小さく何度か頷いていく。



『遊ばれないように忠告した』



岳は、廊下で千晴が言った言葉を思い出す。


「千晴さん、私が動きを真似していたので、最初は呆れていたと思います。
でも、途中からしょうがないなって顔をしてくれて」


あずさは、年齢は1つしか違わないのに、『頼れる先輩』だったと話す。


「まぁ、彼女は業界にいたからね……」

「ですよね。千晴さん、どうしてモデルさんになりきれなかったのかな。
私、まだ東京に来たての頃、千晴さんにお会いして、驚いたんです。
これだけ綺麗な人がいるのか、さすが東京だって」


あずさは、立っている姿勢も、足を組んだときの雰囲気も、そこら辺のOLとは、

違う気がすると千晴を褒める。岳は、浩美や敦にあれこれ言いながら、

相原家をかき乱しているようなイメージばかりを持っている自分と、

あずさの視点が全く違っていることに気付く。それでも、千晴の言葉が本当なら、

あずさなりに傷ついているだろうということもわかるため、岳は前を見た。


「あずさ……千晴さんに言われたことがあるだろう」


岳の問いかけに、あずさは視線を合わせた。



【48-3】



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