48 真実の力 【48-3】

「今日、千晴さんから聞いた。『三国屋』の青木梨那さんとのこととか、色々……」


あずさは、少し遅れたタイミングで『はい』と返事をする。


「この間、小原さんと食事をした後です。偶然に千晴さんと会って、
岳さんが、『三国屋』のお嬢さんと婚約寸前だったと聞きました。
今は私のことが珍しくても、きっと変わると……」


あずさはそういうと、カップを手に取っていく。


「なんだか……どう考えたらいいのか、よくわからなくて」


あずさは、そこまで言うと黙ってしまった。

『どうですか』と念を押すことも違う気がするし、だからといって、

気になりませんというのも、ウソになる。


「今から、話してもいい?」


あずさは、『はい』の返事をする代わりに、小さく頷く。

岳はそれならと話し始めた。

確かに『三国屋』の娘、青木梨那さんと付き合いがあったこと、

結婚という形に向かうかどうかはわからなかったが、

そう思われてもしかたがなかったことなど、あずさに聞かせていく。


「高校の頃だったと思う。好きだなと思う人が出来て、毎日会うことが楽しかった。
彼女も同じ気持ちだろうと思っていたのに、
別の人と偶然会話をしているのを聞いてしまった。
『相原君と付き合うことには意味がある』って」

「……意味?」

「私立だったからね、家庭的には恵まれている人が多かった。
でも、『BEANS』の大きさは、インパクトがあったのかもしれない。
それを聞いた後から、その人の視線が、自分をすり抜けているような気がして、
会うことが楽しくなくなった」


そういう視線を感じることが嫌で、岳は自然と相手を選ぶようになっていたと、

あずさに話す。


「工学部に入ったのも、別の大学の大学院まで出たのも、自分の希望だ。
父の仕事をそれなりに感じながら、本当にやりがいがあると思っていた。
相原の人間だから、会社があるからという後ろ向きな気持ちで、
『BEANS』を選んだわけではない。
でも、どうせ何をしても言われることは言われるのだから、だったら、
誰からも否定されないところまで、自分がたどり着こうと、そう思うようになっていて」


岳は、だから『相原家』を出ることもなかったと、振り返る。


「一人暮らしをしたら、面倒なことを自分でしないとならないだろう。
食事、洗濯、掃除……家にいればその全てが他人任せだ。俺は仕事のことだけ、
自分のことだけを考えていられる、そう思ってきた」



『俺から『BEANS』を取ったら……』



「前に、聞かれましたよね。『BEANS』を取ったらって……」

「うん」


岳は、自分では納得していたつもりなのに、

今思うと、気持ちが潰されそうになっていたのかもしれないと話す。


「ある人に言われたことがあるんだ。女の人が『白馬の王子様』を待っているように、
俺は色々なものを取り払ってくれるような、そんな人を待っているって……」



『今までの価値観とかを全て壊してくれる人……そんな人を探している……』



岳の脳裏に、逸美が言ったセリフが蘇った。

目の前で、じっと話を聞き続けるあずさを見る。


「最初は、そんなことはないと思っていた。自分の人生は自分で決めていくと、
決めていけると思っていたから。でも、今思うと、そうだったのかなと。
それが……俺にとってはあずさなのだと思う」


人には負けない実力を持つ岳にも、臆することなくぶつかり、

経済力に対しても、決して甘えることはしなかった。

同じ人間同士、一人の男と女として向きあえている感覚が、そこにある。


「あずさと出会えて、価値観も考え方も柔軟に変えることが出来た。
今まで付き合った人が悪いとか、そういうことではなくて、
本当に自分が欲しかったのは、実力を認められることではなく、
条件などないところで、向き合える人だったから」


岳は、そういうと『納得できるか』という顔を、あずさに見せる。


「小原さんに言われました」

「何を?」

「千晴さんに、『あなたは何を持っているの』と聞かれて、ようするに、
お金持ちのお嬢さんではなく、相手を私にする……何か岳さんに利益というか、
プラスはどういうものかという意味だと思うんですけど……」


あずさは、自分の心臓の場所に、触れる。


「それを聞いていた小原さんが、私……宮崎あずさには、
『人を前向きに変える力がある』って、そう言ってくれて」


あずさの言葉に、岳は確かにそうだという意味で小さく頷く。


「それがとても嬉しかったんです。群馬から東京に異動になって、
『アカデミックスポーツ』から『ザナーム』に異動になって、
さらに、今の仕事からなぜかタレントさんの付き添いになって……
自分には何も実力がないなと、正直、少しだけ落ち込んでいましたから」


あずさは、どこにいても戦力になれてなかったのかと、哀しくなったと笑う。


「でも、今、岳さんの話を聞いて、少し自信になりました。
東子ちゃんに一番最初、岳さんの欠点はないかと聞いたとき、何もなくて。
途方にくれそうになりましたからね」


あずさは、『肩もみ』の理論を生み出すまでの話を、懐かしそうに振り返る。


「うん……」

「どんな小さな力でも、認めてもらえるのは嬉しいし、自分も前向きになれます」


あずさは、マネージャーに怒られてばかりいると、下を向いていた美佳のことを考える。


「私が付き添うことになった新人さん、『星川美佳』さん。
マネージャーさんに、ガンガン怒られてばかりで。
自信なさそうだったんですよね。文句ばかり言われたら、
誰でもそうなるような……気がします」


あずさの言葉に、岳は階段で言いあいになった千晴のことを考える。


「文句……か」

「今度、褒めてあげようかな……」


あずさは、明日美佳に会ったら、何か褒めるようにしようと考える。

岳はあずさに向かって、『あまり入り込まないように』と一言告げると、

そろそろ出ようと、席を立った。





その次の日、ドラマの出演者は、『Pスタジオ』に入り、

台本の読みあわせをする日になっていた。美佳ももちろん入っているが、

まだ撮影が開始にならないため、付き添いのあずさはそばにいない。

本来なら千晴も、頼まれているわけではないが、どうせ『BEANS』にいても、

することがないと考え、邪魔にならないように参加することにした。

以前、久しぶりに飲みに行った川端とも、今日再会する。


「それでは、読みあわせを開始します。よろしいですか」


プロデューサーになった川端は、自信たっぷりに場を仕切りだした。

千晴は、自分がはじかれてしまった世界で、しっかりと居場所を確保した川端を見る。



『抜けられなくなるぞ』

『でも、チャンスかもしれない』

『そんなもの、一時だけだ』



いいポジションを確保する代わりに、別荘へと誘われた千晴に、

ストップをかけたのは川端だった。その時は納得したつもりだったのに、

諦めてから、千晴はとある噂を耳にした。



『川端さんは、新人モデルを飲み会に連れて行くのが、出世の方法だったみたいよ』



自分は正義感の塊のようなことを言っていた川端自身が、

実際には、そういう面を持っていたという噂を聞き、千晴は唖然とした。

監督のところに行くなと止めた後、別の女性を向かわせたという話も耳に入り、

自分を守ってくれたわけではなかったことも知った。

目の前で、新しいドラマに全力を注いでいる男を見つめながら、

千晴は、流れてきた時間の重さを考えた。



【48-4】



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