48 真実の力 【48-4】

『翠の家』

敦は担当者と一緒に、『翡翠の家』を建設する候補地に向かい、

地元の建設業者との話し合いに参加した。水の流れや、鳥の鳴き声など、

自然とともにあるホーム建設を互いに約束し、その場を離れる。

思っていたよりも時間がかかってしまい、『翠の家』に立ち寄ることが出来たのは、

『染物教室』がすっかり終わった時間だった。

大きな部屋には、ほとんどの人がいなくなっていて、次の準備に職員が動いている。


「こんにちは」

「あぁ……こんにちは」


何度も姿を見せていた敦の存在を、職員たちもすっかり覚えてくれて、

明るい声をかけた。敦は、視線を左右に動かし、涼子の姿はないかと探したが、

職員以外の人がいるようには思えずに、やはり遅かったと下を向く。


「相原さん」

「はい」


ベテラン職員の女性から、設備の不具合があることを聞かされ、それをメモに取る。

本社に戻って話をしますと挨拶をし、数分間の滞在時間で済ませようと駐車場に向かうと、

中庭に向かう道にあるベンチで、涼子が入居者の女性と話しているのが見えた。

敦は、『涼子ちゃん』と声をかけようとしたが、話し中だと思い声を止める。

すると、職員が一人中から出てきて、女性の車椅子を押し、その場を離れていった。

ベンチには本を持った涼子だけが残る。

敦は、ゆっくりと近付いた。


「涼子ちゃん」


涼子は、敦の声に顔をあげる。


「遅い! あつくん」


待ちくたびれて帰ろうとしてしまったと、涼子は笑い、本を閉じる。


「ごめん。でも、『翡翠の家』の話し合いでこっちへ来たんだ。
途中で帰りますとは言えないよ」

「まぁ、そうよね」


涼子は『その通り』だと言うと、笑顔を見せた。

敦は、横浜で再開したときよりも、明るい表情に、ほっとする。

二人は並んでベンチに座った。

心地よい風の音が、遠くから聞こえてくる。


「久しぶりに教室に参加させてもらったの。
あつくんが帰りに寄るって連絡をくれたでしょ。だから待っていようと思っていて、
ここで本を読んでいたら、さっきのおばあさんに、色々と昔話をされちゃった」


入居者の女性は、俳句を作ることが趣味だと話し、自然が豊かな場所にいると、

色々と浮かんで楽しいと話したと言う。


「そう……」

「うん……」


波が寄せては遠くなるように、二人の会話が、動から静に変わる。


「もう一度……って、今日は思えたの」

「もう一度?」

「そう。あぁ、やっぱり私は『染物』が好きだな。もう一度やってみたいなって。
そんな気持ちを見抜かれたのか、先生も言ってくれた。体調が戻ったみたいだねって。
だったらまた、一緒にやらないかって」

「うん」


敦は、それならよかったねと、涼子を見る。

涼子は、そうだというように、小さく頷いていく。


「何もかも、途中で投げ出したようになってしまったのに、人は悩んだり、
振り向いたり、勢いで走ってみたり、色々な思いを経験して、
自分の道を見つけるものだって、先生がそう言ってくれて」


涼子は染物制作の時には、近寄れないくらい怖いときもあるのにと、笑う。


「本当なら考えるところでしょ。でも私、即答していたの。『今度こそ頑張ります』って」


涼子は、ずうずうしいよねと言いながらも、嬉しそうな顔を見せる。


「もう一度……か」


今度は、敦がそのセリフを口にした。

隣にいる涼子は、落ち着いているように見える。


「涼子ちゃんが前向きになれたのなら、それがいいと思う。
もし、その気持ちの変化に、僕が少しでも関われているのだとしたら……。
僕とのことも、『もう一度』と思ってもらえないかな」


敦はそういうと、涼子を見た。

涼子は、今までの表情を変え、申し訳なさそうに下を向いている。


「嫌だと言うのなら、無理には言えない。
でも、涼子ちゃんにあの時再会していなかったら、僕は今、
こうして仕事をしていないと思う。疑問を持ちながら勇気を出せずに『BEANS』で、
下を向いていたときとは違うんだ。今なら、誰にだって意見を言える」


敦は、一度冷静になったのだからと、さらに前に出る。


「……うん」


涼子のどこか申し訳なさそうな小さな声の返事は、隣にいる敦の心に、

しっかりと届いていた。敦は、本当にと再び涼子を見る。


「そう何度も聞かないで。なんだか……」

「ごめん、でもさ」

「今のあつくんのセリフ、そのまま私が返さないと」


涼子は、敦が連絡をくれたことから、あの日、抱いてしまった罪悪感から、

少しずつ抜け出せたのだと話す。


「罪悪感だなんて……」

「ううん、勇気がなかったのは、私も一緒だもの」


敦は恥ずかしそうに下を向く涼子を見た後、ベンチから立ち上がると、

大きく息を吸い込んでいく。涼子は、敦の背中を見ながら、少しだけ微笑んだ。





読み合わせの時間が終わり、仕事が忙しい萩野カンナは早々にスタジオを出た。

千晴はランチ時間を過ぎたので、これからならゆっくり食事が出来ると思いながら、

入り口の方に向かう。すると、廊下の隅に川端の姿があり、すぐそばには以前、

カンナに挨拶をした美佳を、怒鳴っていたマネージャーの姿が見えた。

川端は自分に背を向けていたため、千晴は何も言わないで通り過ぎようとする。


「川端さん……うちの星川。ちょっと持ち上げてもらえませんか」


美佳のマネージャーは、同じような年齢のタレントを数名抱えているが、

あまり特徴のない女の子が多く、どんぐりの背比べだとそう言った。

その中でも『星川美佳』は、厳しい条件にもあまり文句を言わないで仕事が出来ると、

売り込みをかけていく。


「華として、参加させることくらい、俺がどうにかしますし」


千晴の耳に『華』の言葉が残る。


「俺にそう言われても……」

「それならまず、川端さんが……どうですか?」


今をときめくプロデューサーに声をかけられたら、美佳も喜ぶとさらに迫ろうとする。


「まぁ……うん……」


千晴に聴こえた川端のトーンは、まんざらではないような気がした。

スタジオを出ると、千晴は大きく息を吐く。

時計を見ながら、今からなら並ばずに美味しいものが食べられるのだからと、

耳に入った言葉は、全て切り捨てるつもりで、まっすぐに歩き出した。



【48-5】



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