49 華の仕事 【49-1】

『たまには、素直にそういう顔を見せてくれ……』



あずさは、最初の予定通り岳と幸せな時間を過ごした。

肌を合わせているときには、恥ずかしさより、

嬉しさや愛しさの方が間違いなく勝るのに、『そこまでの過程』がどうも苦手で、

つい、構えたような態度を取ってしまう。

好きな人に思わせぶりな視線を送る主人公のドラマや、情熱的なキスシーンの映画など、

学生時代には、友達とキャーキャー言いながら、よく見ていたはずなのに、

その中のどのシーンも、実際の恋愛には、全く役に立たない。

千晴が言っていたように、年齢に見合う恋愛をこなしてきた岳からすると、

自分の行動が、あまりにも幼く、そしておかしなものに思え、

あずさはじゃがいもの皮をむきながら、『ふぅ』と息を吐いた。



『一緒に過ごすと、決めたのに……』



あずさの悩める時間と同じ頃、岳は相原家のリビングで書類を広げ、

自分を怒らせたかもしれないと、必死にすがりついたあずさのことを思い出していた。

手馴れたような流れる時間よりも、一つずつ自分の形を積み上げている気がして、

次はあずさがどんな反応を示すのかと、楽しくなる。


「コホン……」


岳が顔をあげると、目の前にはファッション雑誌を手に持つ東子がいた。


「『BEANS』の物件って、そんなににやついて、うっとりするものなのかなぁ……」


東子は、難しそうな書類を見ながら、うっすら笑っているのは見ていて異様だと、

岳に注意する。


「笑ってなんていないだろう」

「気付いてないだけです。絶対に笑っている……いや、思い出し笑い?」


東子は、そういうと正面だった場所を、岳の隣に変えて座りだす。


「ねぇ、岳。萩野カンナって綺麗?」


東子は、次のドラマが『BEANS』の全面協力なのでしょうと、言いはじめる。


「そんなこと……」


誰から聞いたのかと言おうとして、すぐに千晴の顔が浮かぶ。


「千晴さんか」

「うん……。マンションの間取りも出てくるって、すごいでしょう。
もう、友達にも自慢よ、自慢」


東子は、今まで会社が大きいことで得したことなどなかったけれどと、笑い出す。


「東子」

「何?」

「そんな雑誌を読んでいるヒマがあったら、レポートを先に仕上げておけよ。
学部審査に落ちるかもしれないって、お母さんが嘆いていたぞ」


岳はそういうと立ち上がり、書類を持つ。


「……うわ……最低。人がせっかく楽しい気分を満喫しているのに。
どこからそういう話を持ってきて、時限爆弾のように落とすかな。
本当に岳って嫌みな男」


東子は心を刺された気がすると、両手で心臓を庇う仕草をする。


「優しくないと、あずさちゃんに振られるからね」

「ん?」

「いえいえ、別に」


東子は岳に聞こえないくらいの言葉で、あずさの名前を出すと、

頑張って勉強しようと言いながら、部屋に戻っていった。





週明けの月曜日。今日からまた、美佳に会う日々が続くため、

あずさは、『Pスタジオ』に向かう電車に乗った。

昨日は、自分の恋愛の未熟さにため息を出したあずさだったが、

その夜、あずさの作った料理が美味しかったという岳から届いたメールを読み、

すっかり気分を元に戻していた。

そうなると、下向きだった時間は、一気に上向きに変わる。

電車を待つ間、改札から道を歩く時間に、確かに愛された記憶が蘇ってしまい、

勝手にモゾモゾと動きそうになる口元を、雑誌やマスクでカバーした。

普段、仕事には厳しく、決して妥協など許さない岳が、自分にだけは優しく、

全てを包み込む時間を持ってくれることが何よりも嬉しかったが、

その想像を超えるような幸せを、目の前に立つ見知らぬ他人に話して

分かち合うことなど出来るはずもなく、時折、妙な視線を送られている気がして、

冷静になるため『コホン』と咳をする。



『あずさ……』



甘い声で名前を呼ばれることの嬉しさや、鼓動を感じあうことの温かさを、

あずさは、今日からのパワーに変えていこうと思いながら、窓から見える景色を見た。





「おはようございます」

「おはよう」


あずさが『Pスタジオ』に到着すると、すでに千晴が立っていた。

『アカデミックスポーツ』で使用されている機材が、いくつかスタジオに入っていて、

それなりの状態が出来上がっている。

あずさは、美佳がどこにいるだろうかと視線を動かしていく。

すると、美佳が一人、スタジオの隅に立っているのが見えた。

あずさは挨拶をしようと、そばに向かう。


「おはようございます」

「……あ……」


美佳は考え事でもしていたのか、あずさの挨拶にも、どこかうわの空だった。

それでも、『よろしくお願いします』という言葉を送り出す。

どこか緊張しているように見えたのは、

これから本格的に撮影が始まるからだろうと思い、

あずさは少し離れた場所に立っていようと、千晴のそばに戻った。

千晴は何やら1枚の紙を熱心に見ている。

あずさは、話しかけてはいけないのかもしれないと、隣に立ったままになった。


「ねぇ……台本、もらったの?」

「台本? いえ、私は演技をしませんし」


あずさは、左手を振ってみせる。

隣に立つ千晴から、あずさに冷静な視線が向けられる。


「当たり前でしょう。そういうことではなくて、今日、リハーサルをするのが、
どんなシーンなのか、『スポンサー』としてチェックする意味があるの」


千晴はそういうと、自分が手に持っていた紙を軽く振り、

向こうにスタッフがいるから、仮のものをもらってくればいいと教えてくれる。

あずさは、『向こう』と言われ、耳と頭に機材をつけたスタッフが立っているのがわかり、

千晴に言われたとおりの行動をした。

その男性スタッフは、あずさに何やら説明をすると、すぐに1枚の紙を出してくれた。



【49-2】



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