49 華の仕事 【49-3】

美佳は、困ったようなあずさの顔を見た後、小さく頷く。


「そう……ですよね」


美佳は、突然だし、知らない人なのだから嫌ですよねと辛そうな顔をする。

あずさは、美佳の落ち込む様子に、『ごめんなさい』と言葉を返す。


「ううん、突然なのは私の方だもの。宮崎さんが謝るようなことではないわ」


美佳は、カンナと仕事をするのは初めてなので、二人きりになってしまうと、

会話をする自信がないとつぶやき始める。


「でも、私が参加しても、それほど戦力になるとは……」


あずさは、『萩野カンナ』という女優に対して、

自分も話を合わせていける自信はないと、誘いをかわす。


「そうよね……ごめんなさい。何も知らない宮崎さんなら、
逆に緊張しないような気がしてしまって」


美佳は、先輩からの誘いだったため慌ててしまったが、

あずさが嫌がるのも無理はないと、鏡の前に座りなおす。


「ごめんなさい」

「いえ……」


美佳は自分の化粧ポーチを取り出し、何かを探し始める。


「私、同期のタレントが、事務所に5人いるんですけど、
みんな同じ高校を出ているんです。私だけ、高校を卒業してからじゃないと、
芸能活動は親がダメだと言っていたから、やっとこの2年くらい、
仕事が出来るようになって」


美佳は、『ザナーム』のCMに合格したのは、10回目のオーディションだったと、

話し始める。


「10回目」

「そうなんです。受けても受けても落ちるでしょ。自信がなくなってきて、
だんだん表情もこわばっているような気がして……もう最後かなと思っていた時に、
受かったから、すごく嬉しくて」


美佳は、チークを出しながら、その仕事がこのドラマにつながったと話す。


「マネージャーさんには、まだ全然回収できていないって、怒られているけれど」

「回収? 何を?」


あずさの問いに、美佳は、デビューまでレッスンだの費用が色々とかかっているからと、

両手を大きく広げてみせる。


「へぇ……そうなんですか」


芸能界のことなど何も知らないあずさは、世間話のように美佳の話を聞き続ける。


「萩野さんにダメ出しされないように頑張らないと……次がなくなるから。
だからと思うと、緊張してしまって」


美佳は、そんな中、こうして誘われたからと、『今日という日』の重要性を、

あらためて言い始める。

あずさは、先日、『BEANS』の社員食堂で、突然千晴に迫られた後、

小原の一言に助けられたことを思い出した。

『人を前向きに変える力』が、もし、自分に少しでもあるのなら、

緊張して、自分を出せなくなっている美佳の少しでも役に立てたらと思い始める。


「あの……少しだけ待ってもらってもいいですか?」


あずさは、親指と人差し指で小さな隙間を作り、美佳の前に出た。





「それでは、『アカデミックスポーツ』での出会いのシーン。お願いします」


休憩時間が終わり、またカンナや美佳を含めたシーンのカメラリハーサルが再開した。

あずさはスタジオの隅に立っていた千晴のそばに向かう。


「どこに行っていたの。あなたが休憩しても仕方がないのに」


千晴の言葉に、あずさは『そうですよね』と笑う。


「ほら、機材の使い方とか、あっているのかきちんと見ておかないと」

「あ……はい」


千晴の言葉に、あずさはもらった紙を見ながら、セリフと動きを見続ける。

スタッフから、手の置き方について質問が飛んだため、あずさは『もう少し左です』と、

身振りを添えながら、答えを返した。

機材が動き、演技者たちの周りをスタッフが囲む。


「千晴さん。一つ質問をしてもいいですか」

「何?」

「タレントさんに食事に誘われたら、行ってもいいのかなと……」


あずさの言葉に、千晴は誰に言われたのと切り返す。


「星川美佳さんです。といっても美佳さんもカンナさんに誘われているようですが」


あずさは、楽屋で美佳から聞いた話を、そのまま千晴に話す。


「今日、これから?」

「はい。私も最初はお断りしましたけれど、
美佳さんも、カンナさんと二人で会うのが緊張するってそう言って。
私なんかが行ったら、問題になりませんかと聞いたら、大丈夫だって……
あ、そうだ」

「私は結構です。タレントに気をつかって飲むだなんて、面倒」


千晴の返しに、あずさは黙ってしまう。


「何?」

「よくわかりましたね、一緒に行きませんかと言おうとしたこと」


あずさは、そういうと笑い出す。

千晴が、リハーサルが再開されているスタジオの方を指差したので、

あずさは慌てて自分の口を閉じた。





『どんな小さな力でも、認めてもらえるのは嬉しいし、自分も前向きになれます』



あずさがスタジオでリハーサルに参加している頃、岳は新たな建設場所の入札について、

担当者からの意見を取りまとめているところだった。

『岸田』の評判も上々で、埼玉に建設予定の場所も、それぞれの業者が決まり、

基礎工事の日程も、予定が組まれた。

次の候補地を数件並べながら、視線はデスク横にあるカレンダーに向かう。

あずさと互いの気持ちを確認し、会おうと思えばそれなりに時間も取れるのだが、

やはり次の日のことが頭から離れず、どこか物足りなさを感じていた。

いつも、自分の仕事を気にしてくれるあずさのために、

日常など切り離した場所で、時間を過ごすことが出来たらと考える。

8月も終わるこの時期なら、難しい案件が手元にない今なら、

数日休暇を取ることも出来るかもしれない。

そんな考えが頭に浮かぶと、相手はどうなのかと、気になりだす。



『来月の頭くらい、少し休みが取れないか』



あずさの部屋で笑いあうことも、ホテルの部屋で東京の夜景を見ることも、

それはそれで楽しい時間だと思えたが、岳は、『次の日』を気にしなくてもいい時間を、

共有したいと思うようになる。

あずさあてにメールを入れた後、気持ちを切り替えるように立ち上がり、

新しい形を作ろうとしている『Sビル』を見た。



【49-4】



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