49 華の仕事 【49-5】

『相原岳』



あの岳が、ちょっとした挨拶程度だったとはいえ、自分に頼むと言葉をかけるなど、

千晴は想像もしていなかった。それと同時に、あずさに対する岳の思いが、

千晴の想像以上に深いものなのだということもわかる。


『株式会社 BEANS』


最初は、浩美の縁で入ったことを『幸運』くらいに思っていたが、

『BEANS』の厳しさがわかるたびに、後悔も大きく膨らんだ。

誰とも視線が合わず、誰とも自分の立場を分かち合えない苦しさは、

昔、芸能界の門を叩き、孤独に戦っていた頃と、何も変わらない。

逃げ出してしまいたいけれど、逃げても場所がない。

千晴はそう思いながら、『広報部』へ足を進めた。





「遅いですね、カンナさん」

「……うん」


指定された場所についたあずさと美佳は、カンナの到着を待っていたが、

先に入ってきたのは、雄哉だった。

あずさは、どうしてプロデューサーが入ってくるのかわからずに、

視線を美佳へ向けた。しかし、美佳はどこかわかっていたのか、

黙って雄哉に頭を下げる。


「一緒にタクシーに乗っていたから、どういうことかなと思っていたら」

「すみません……私は、萩野さんが」

「カンナも後から来ると思うよ。仕事が順調に終わったら……だけれど」


雄哉は『順調なら』という部分を強調し、そう返事をする。

あずさは単純に遅れるだけかと思い頷いたが、

美佳は始めからそういうことだったのかと、雄哉を見る。


「で……君の名前は」

「宮崎あずさです」


雄哉はそうなのかと頷きながら、まずはみんなで乾杯をしましょうと、

それぞれにグラスを手渡した。





広報部に書類を渡し、千晴は力なく階段を1段ずつ下りた。

3階には敦のいる『豆風家』がある。

階段からは距離があるため、

あの明かりの下でまだ仕事をしているのかまではわからなかったが、

敦は『賃貸部門』にいた頃よりも、明らかに前向きだった。



『迷惑をかけるかもしれないけれど……よろしくお願いします』



少し前に、岳からかけられた言葉が思い出され、千晴はそれを振り切るように、

また階段を下りていく。

『BEANS』のビルを出て、このまま地下鉄の駅に向かい、

自分の部屋へ帰ろうと、ただ視線をまっすぐ前に向け、歩き続ける。



『川端さんって、お酒が強いんだよね。自分が強いから、相手にはどんどん飲ませるの。
知らないうちに、気分がよくなっていて……』


もう、あと数歩で、駅の構内という場所で、千晴の足が止まる。


「はぁ……」


あずさのことも、岳のことも、自分には関係がないと思っているのに、

タクシーで出かける姿を見てしまったからなのか、頭がそこから離れていかなくなる。



『いや、今日はこれから『食事会』だと、メールが来たから。
俺は千晴さんも一緒かと……』



業界のことなど何も知らないあずさは、疑うことも知らず、

岳に『食事会』を報告している。

今まで、自分になど頭を下げることはなかった岳が、素直に気持ちを言えるくらい、

大切な存在であるのならと、両手を握りしめる。


『千晴さん……』


もし……自分が考える、最悪の自体が、起きたとしたら。

千晴は大通りの方向に足を向け、携帯を取り出すと、会社の前にタクシーを呼んだ。





「うーん……」


飲み会を始めてから1時間以上が経過していた。

他人の目や声をシャットアウト出来る個室には、カンナの姿などなく、

向かい合っているのは雄哉と美佳になっている。

あずさは、自分がどういう意味でここへ来たのかを考え、

必死に閉じてしまおうとする目を、なんとか開けようとするが、

お酒の力によって気持ちとは反対の方向に、まぶたが動いてしまう。

そういえば、自分はお酒が強くなかったことを思い出すが、

ここへ来て、飲んだのは、それほど多くはなかったはずで、

あずさは、何か他に原因があったのだろうかと、必死に考える。

時折、耳に入ってくる二人の会話。

『裸の背中』や『秘密』というきわどい言葉がそこにあった。


「他の子たちに差をつけるには、いいと思うけれど……」


雄哉はそういうと、美佳を見る。


「でも……」

「ためらうのはわかる。でも、他の人に渡してしまったら、君のチャンスがひとつ、
消えることになるんだよ」


雄哉のセリフと、美佳のためらいが、半分ぼやけた状態のあずさに届く。

なんとか目を開けようと思うのに、雄哉の笑い声も、美佳の返事も、

だんだんと遠い場所に思えるくらい、小さくなっていった。





『スクランブル』


千晴はタクシーの運転手に場所を告げると、すぐに携帯電話を取り出した。

この店のオーナーは、大手の広告代理店のため、業界人の利用も多く、

個室がいくつもあるため、緊急の打ち合わせなどにはよく使われた。

カラオケなど、音が出るものも多く、他の部屋では何が起きているのか気付くこともない。

そのため、昔から色々とトラブルもあったことなど、千晴の記憶には確かに残っていた。

雄哉の番号は、昔のままだったため、すぐにかける。

数回の呼び出し音の後、『もしもし』と雄哉の声がした。


「川井です。今、どこにいる?」


千晴はそう聞き返すと、タクシーから見える景色のその先を見ようと、

視線を車窓に向けた。





【ももんたのひとりごと】

『華』

私自身、芸能界のことなどわからないので、本当にそう呼ばれるのかわかりませんが、
実際、芸能ニュースなどを見ていると、『誰々さんから誘われた……』と、
駆け出しのアイドルなどが話していたりしますよね。
素人目にも、明らかに『あぁ……売名だな』と言いたくなるような人もいて。
まぁ、男性ばかりより、女性がいた方が盛り上がるのでしょうけれど。




【50-1】



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