50 あいつの声 【50-1】

『スクランブル』にヒールの音が響き、

ウエイターのちょっとお待ちくださいの静止を振り切った千晴は、

奥の小部屋に進もうとする。


「お客様、ここは」


ウエイターの言葉に、千晴は振り返る。


「ここはお得意様のお気に入りでしょう。わかっているわよ。ならあなたが聞いて来て。
私は川井千晴。今すぐに入ってもいいのか、どうかって」


千晴は、雄哉がタレントを口説く場所に使っている店を知っていたため、

ウエイターにそう言い切った。ウエイターは、ただの偶然ではないとわかり、

『少々お待ちください』と中に入っていく。

1分くらいした後、ウエイターにどうぞと入り口をあけてもらえたため、

千晴はそのまま乗り込んだ。


「よぉ……」


カラオケセットまで置かれているその部屋には、神妙な顔をした美佳と、

堂々とした態度を見せる雄哉と、クッションを頭の下に敷き、

眠ってしまっているあずさがいた。千晴は、すぐに雄哉を見る。


「そんなおっかない顔をしなくても……驚いたよ、千晴が来るって聞いて」

「やっぱり噂どおりだったのね。あなたが仲介役だって」


千晴はそういうと、目の前にいる美佳を睨む。


「あなたも、どういう人なの? 何もわからない彼女を巻き込んで」

「すみません……」


美佳は、ひとりで来るのが怖くてと、千晴に頭を下げる。


「カンナさんと川端さんと食事だと聞いて。一人で来たら、どうしていいのかと。
宮崎さんがいてくれたら、あの……」

「……と頼りにしていたのに、すぐ倒れちゃったけどね」


雄哉は横で眠っているあずさの頬に軽く触れる。


「何をしたの」

「何をってなんだよ」

「彼女に何をしたのかと聞いているの」


千晴は、座敷に上がると、あずさに声をかけ起こそうとする。


「何をしたかって、一緒に酒を飲んだだけだ。弱いんだな、彼女。
すぐに酔いが回ってしまって……」


雄哉は、正直、会話の邪魔だったので、寝ていてくれて助かったけれどと、

あずさを見る。


「千晴の知り合いだったとはね。誰も迎えに来なかったら、
俺がここで介抱しようかと……」


その瞬間、千晴の手が雄哉の頬に向かい、パチンと音がする。

その衝撃に、眠っていたあずさの目が、半分開く。

雄哉は自分の頬に当たった、千晴の手の跡に触れる。


「なんだよ」

「なんだよじゃないわ。何が若手のホープよ。これからの業界を引っ張っていくだの、
ウソばかり並べているんじゃないわ」


千晴はそういうと、雄哉を睨みつけた。


「人生の中で、自分はどこまで出来るのかと、誰でも必死になるの。
期待されているのなら、なんとか応えなければ、自分の居場所がなくなると、
みんな……」


千晴の声に、あずさはゆっくりと起き上がる。


「千晴……さん」


あずさが目を開けたことがわかり、千晴はその肩をつかむ。


「ちょっとあなたねぇ……いったい何しているのよ! あなたに何かがあったら、
岳がどうすると思う。人を信用するにも、ほどがあるでしょう」


千晴は、下を向く美佳を見る。


「今日はこれで帰りなさい。彼があなたに何を言ったののかまで、私は関与しない。
あなたの人生だし、実際、私自身、色々と迷ったり、後悔したこともあるから」


千晴の言い方に、美佳は自分が何を言われていたのか見抜かれていると前を見る。


「私はこの子を連れて帰らないとならないの。とりあえずあなたもタクシーを呼ぶから、
この場所を離れてくれない?」

「……あ……はい」

「そうしないと、意識がしっかりしたとき、この人が、あなたがどうなったのかと、
気にすることになるから」


千晴は、まだ目を開けたり閉じたりしているあずさを見る。


「星川さん、あなたにとっては盾のようなものかもしれないけれど、彼女は、
自分がなんとかあなたの役に立てたらと、間違いなくそう思ってここへ来たのよ。
芸能人と食事が出来るからとか、そういうミーハーな気持ちではなくてね」


千晴はそういうと、ウエイターに声をかけ、タクシーを2台呼んでくれと頼みに行く。


「千晴……」


雄哉の声に、千晴は振り返る。


「あの日のこと……まだ後悔しているのか」


雄哉は、昔、有名な監督からの誘いを断らせた日のことを、そう話す。


「今のあなたに、話すことではないわ」


千晴はそういうと、携帯である人の番号を呼び出した。





『相原敦』

千晴が呼び出した番号は、敦のものだった。

完全に目覚めた状態ではないあずさを、連れて行く場所として思いついたのが、

一人暮らしを始めた敦のマンションになる。

千晴は先に美佳をタクシーに乗せ、次の車に自分とあずさが乗る。

そして、事情がつかみきれないままの敦の部屋へ向かった。



「すみません……」


酔いの残るあずさに、千晴は水を運んだ。

あずさは、コップの水を数口飲む。

敦は、ソファーで横になるといいよと、あずさに声をかけた。


「……はい」


あずさは、下に座る千晴に『ごめんなさい』と頭を下げる。

敦は、千晴にコーヒーでも飲むかと、そう尋ねた。


「うん……」


千晴はとりあえず何事もなく、あずさをここへ連れてこられたことにほっとする。


「急に驚いたよ、千晴さんが宮崎さんを連れて行くからって、電話をよこすし」

「悪かったわね。でも、この状態の彼女を、相原家には連れて行けないでしょう。
事情をしっかりと話す前に、岳が飛び出すかもしれないし」


千晴は、受け取り方によっては、スポンサーから降りてしまうかもしれないと話す。


「まぁ、ありえるよね」


敦は、あずさにも何か飲むかと聞いたが、あずさは首を振る。


「気分は悪くない?」

「大丈夫です……」


あずさは、水の入ったコップをテーブルに置く。


「雄哉は、萩野カンナの名前を使って、星川美佳を呼び出した。
まぁ、疑問符を持ちながらも、彼女がひとりで来ると思っていたのでしょう。
そこで、魅力的な仕事がある、それを受ければ、他の人と差をつけることが出来るとか、
そんなことを話すつもりで。でも、なぜかこの人がついて行ってしまったから、
予定が崩れた。お酒を飲んでいたら寝たとか言っていたけれど……
軽めの睡眠薬くらい、実際、飲まされているのかも」

「……は?」


敦は、それは犯罪ではないのかと、千晴を見る。


「この子が隣で仕事の話を聞いていたら、まずいでしょう。
込み入った話しが出来ないもの」


千晴はそういうと、あずさを見る。


「それにしてもよ、本当にちょっとした運命のいたずらで、
どうなっていたのかわからなかったからね。男なんて、お酒が入っていたら、
相手がどういう対応しても、『合意がありました』ってごまかせるし」


千晴は、華やかに見えるものこそ、裏もあると、ため息をつく。


「千晴さんは、知っていたの?」

「何を?」

「そのプロデューサーが、そういうことをしているって」


敦は、雄哉の手口を知っていたのかと、聞き返した。



【50-2】



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