50 あいつの声 【50-2】

「最初から雄哉が行くとわかっていたら、止めたかもしれない。
でも、この人が私に言ったのは、
星川美佳が、食事に誘ってくれたと言うことだけだったから……」


千晴の脳裏に、あずさを頼むと言った岳の顔が蘇る。


「いや……違う。全く考えていなかったと言ったら、ウソかもしれない。
最初は、この人だって大人だし、自分で誘いに乗ると決めて、
星川美佳と出かけようと言っているのだから、どういうことが起きても、
その場で判断すればいいって。私は関係ないって……そう思っていた」


千晴は自分の携帯を開くと、時間を確認する。


「でも、この人、これから食事会だってメールをしていて。
あいつが知っていたのよ。千晴さんは一緒ではないのかって聞かれて。
さらに予想外のことをされて……なんだか頭が混乱した」

「あいつ?」

「岳よ、岳。この人が、芸能界のことなどわからないから、
迷惑をかけるかもしれないけれど、よろしくみたいなことを私に言って」


千晴は敦からコーヒーカップを受け取ると、テーブルに置く。


「思わず、何を言っているのと、聞き返したわよ。あのプライドの高い男が、
私なんかに頭を下げることなんて、ないと思っていたから……」


千晴はそういうと、少しずつ酔いと眠気の覚め始めたあずさを見る。


「あの岳が……。この子のことを、考えているんだって、そう……」


千晴はそこまで言うと、首を左右に振る。


「いや、まだ信じられないけれどね。あいつが本気かどうか」


千晴のセリフに、敦もあずさを見る。


「違うよ……。千晴さんは兄さんの言葉に、本気を見抜いたんだよ。
だから、宮崎さんのところに行かなければとそう思ったんだ」


敦は、気持ちが変わったのはそこだろうと、千晴を見る。


「確率は低いだろうけれど、でも、もし間違いが起きてしまったら……と、
兄さんが悲しむことを避けようと思った……だから」

「敦、このコーヒー、美味しくないわよ。浩美おばさんにもっといいもの、
もらってきなさいよ」


千晴はそういうと、タクシーを呼んで帰ろうかなと言いはじめる。


「何言っているんだよ、今日は千晴さんもここに残らないと」


敦は、あずさを一人残したら、居づらくなるだろうと千晴に話す。


「別にいいじゃない、岳と敦は、兄弟なんだし」


あずさは『自分が帰ります』と体を起こし、二人に向かって『すみません』と謝罪する。


「いいよ、宮崎さん、気にしないで。千晴さんはもう、
また、そういうわけのわからない嫌みを言う。こうなるだろう。
だったら、どうして自分の部屋に宮崎さんを連れて行かないんだよ」


敦のつぶやきに、千晴は視線を上に向ける。


「苦手なの、私は」

「何が」

「……片付け!」


千晴は、ちらかったような部屋にあずさを連れて行って、

岳や敦にペラペラと話されたくないからと言う。


「ノーメイクの顔を、無防備な状態で見られたくないのと一緒よ」


千晴の言い訳に、敦は首をかしげながら笑って見せた。





次の日も、同じスタジオで撮影が組まれていたため、

朝早くに敦の部屋を出たあずさは、アパートまで戻り着替えると、

それから仕事に向かった。

まずは千晴に頭を下げようとその姿を探すが、いつもいる場所に見つからない。

あずさが撮影分の仮の台本を受け取り、スタジオの隅に立っていると、

準備の出来た美佳が、中に入ってきた。

あずさはとりあえず頭を下げる。その姿に気付いた美佳も、すぐに頭を下げた。

スタッフ数名と、顔はわかるが、名前を知らない役者。

今日は昨日と違い、カンナの出番がなかったため、千晴がここにいないのだと気付く。

あずさはリハーサルの様子を眺めながら、美佳の動きを追っていた。

昨日、自分ではそれほどの量を飲んだつもりではないのに、確かに意識が遠のき、

どこかふわっとした気分のまま、眠気ばかりが襲ってきた。

しかし、その間、他の2人の会話が全く入ってこなかったわけではなく、

気になるキーワードだけが頭に残り、気持ちの中で浮いている。

午前中のリハーサルが終了し、役者たちがそれぞれの楽屋に戻るのがわかり、

あずさは美佳に聞いてみるべきではないかと、楽屋を訪ねることにした。

美佳の部屋は、昨日と同じ大部屋になる。

軽くノックをすると、失礼しますと言いながら中に入った。

美佳の前には、昨日はいなかったマネージャーが座っていて、

何やら難しい顔をしているように見える。


「あの……『ザナーム』の宮崎です」


あずさの声に、鏡の前にいた美佳が立ち上がった。


「宮崎さん」


あずさが頭を下げると、そばにいたマネージャーが立ち上がり、

『どうも』と言った後、楽屋を出てしまう。


「ごめんなさい、話の途中でしたよね」

「ううん……いいんです」


美佳は立ち上がったまま、『昨日は本当にごめんなさい』と頭を下げた。

あずさは、気にしなくていいよとは言えずに、黙ってしまう。


「私、帰りのタクシーの中で、人として本当に最低なことをしてしまったと、
そう思っていて」


千晴が来てくれたことで、自分がしたことの異様さに気付いたと、あずさに話をする。


「川端さんが来るかもしれないということも、どこかで薄々気付いていたの。
仕事の話になるだろうということも、本当はわかっていて……。
萩野さんも来るかもしれないとは思っていたけれど、可能性としては、うん……」


美佳は、決断を迫られるのが怖くて、

クッションのようにあずさを使ってしまったと、話してくれる。


「あの人……ほら、宮崎さんを迎えに来てくれた人、
萩野さんに着いている人よね。『BEANS』の社員さんでしょ」

「はい。お世話になっている人の親戚でもあって……」


美佳は、川端さんに向かって、

とっても怖い顔をしていたと、千晴の表情を思い出しているのか、苦笑する。


「守られているのね……宮崎さんって」


美佳はそういうと、下を向いた。



【50-3】



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