50 あいつの声 【50-4】

「もう1杯、飲むか」

「結構です。私は飲みに来ているわけではないから」


その頃、千晴は雄哉と待ち合わせた店にいた。

あくまでも『話を聞くため』と、ここにいる意味を強調する。


「昨日の彼女、大丈夫だった?」

「あれからだんだん目覚めて、今日も仕事に行ったみたい」

「そうか……」


雄哉はそういうと、千晴の横顔を見る。


「業界の中で、噂が流れているのは知っていた。俺が仲介役になって、
若いタレントを、上に色々紹介しているとか、そういう噂は……」

「噂ではないと、昨日、証明したでしょう」

「それは誤解だ」


雄哉は、本当に昨日はあずさに何もしていないと、そう話す。


「確かに、どうしてこの子がいるのだろうと、最初は思ったよ。
星川美佳を口説かないとならないのに、邪魔だなって。
でも、星川美佳の緊張が伝わっていたのだろうな。彼女は一生懸命、
楽しい席にしようと、頑張っていた」


昨日、あずさは自分からお酒を飲み、美佳が本当は頑張りやなこと、

それでも、まだうまく回らないことが多くて、自信をなくしていることなど、

懸命にフォローしていたと話し続ける。


「君は星川のマネージャーなのと、思わず聞いていたよ。星川美佳さんは、
活動が遅くなった分、一生懸命に取り組んでいるって、俺に言うなんて。
食べるよりも飲む方が速くて。気付くと、あんなふうになっていた……」


雄哉は美佳も目の前にいたのだから、

飲み物に余計なものなど入れていないことは、証明できるはずだと話す。


「そんな時代も、確かにあったかもしれない。いや、今でも、一度や二度、
ベッドを共にするくらいで仕事がもらえるのならと、
自分を売り込むタレントがいるのは否定できない。でも、それをしたら、
そこからは抜けられない。『あの子は』というレッテルが貼られて、
結局、消えていく」


雄哉はそういうと、横に座る千晴を見る。


「千晴には残酷かもしれないけれど、俺には君がモデルやテレビタレントとして、
あの後、先があるとは思えなかった。他の人に劣るわけではない。
そうではなくて……あの時には『運』がなかった」


雄哉は同じ時期に出てきた女の子がいたこと、彼女が出たCMが、

流行語になるほどのインパクトがあったことなど、過去のことを語る。


「それでもとこの世界にしがみつくより、もっと別の道を探した方がいいと、
俺は……思ったから」


雄哉は、あの頃よりも今のほうがもっと、見えるようになったと笑う。


「あの日のことが、千晴の中で今でも処理できないほどの後悔なのなら、謝るよ。
でも俺は、間違ったことをしたとは思っていない」


雄哉の言葉に、千晴は下を向く。


「本当に……愛していたからね」


雄哉はそういうと、とにかくあずさには何もしていないと、念を押す。

千晴は黙ったまま、自分のグラスに口をつけた。





『君らしくないな。これだけ大事な仕事の資料管理が出来ていないなんて』

『新しいことをやろうとして、気持ちが焦ったのではないか』



社長室を訪れた岳に対し、急遽入ってもらった会社の役職たちからは、

厳しい意見がぶつけられた。直接、情報を漏らしたのが自分ではないといえ、

『管理者』として失敗したことには変わりない。

その中でも、今回のドラマ撮影をまとめた副社長の『安藤研二』は、

トラブルが、長引くのは困ると、渋い顔をした。

岳は重い足取りのまま、『経営企画』に戻っていく。

部屋には、岳の帰りを待ちながら、次の仕事へ動いていたメンバーが揃っていた。


「悪かったな、待たせて」


泰成を始めとした社員たちは、互いに顔をあわせた後、『あの……』と切り出した。


「何……」

「今まで、ずっと関わってきた全員で話をしていました。それで……」


泰成は、覚悟を決めたようにまどかの席を見る。


「もしかしたら……朝原ではないかと」


泰成の隣にいた社員も、近頃のまどかが色々とおかしなところがあったと、

発言をフォローする。


「新人だから、先輩方の仕事を色々と見せてもらって勉強したいと、過去の資料とか、
よくコピーしていて」


まどかの斜め前に座る社員は、

一度、まどかのコピーの後、用紙が残っていたことがあると話す。


「それが……『岸田』の資料でした」


担当以外のものをコピーする時には、管理者の承諾がいるはずだと岳を見る。


「あいつ、仕事の中で、余分にコピーしていたのではないかと」


10部のコピーを頼んだときに、1枚余計にコピーをしたりしていたのではないかと、

疑いの言葉を並べていく。


「証拠がないのだから、やたらに疑うのは辞めておけ。彼女が勉強熱心で、
それなりに頑張っていることも知っていたはずだ」


岳は、今回のことはいい勉強になったと思うことで、管理を強化しようと話し合う。

泰成たちはそれから30分後くらいに、『BEANS』を出て行った。





時計が夜の10時を示した。

岳はひとり、『経営企画』の中にいて、

入札の候補として出せなくなった資料を、デスクに並べる。

カレンダーを見ながら、近頃、自分自身、仕事の区切りがどこかに出来るのではと、

そんなことばかりを考えていた気がしてしまう。

以前なら、入札の締め切りとか、相手からの返事のリミットなど、

岳にとってカレンダーは、仕事を追及するための道具でしかなかった。

岳は、自分が仕事以外のことに気持ちを取られていたのではないかと、ため息をつく。

100がゼロになってしまった書類をデスクにしまうと、もう一度部屋全体を見回した。





『明日は、岸田の通販事業部へ行って下さい』



その日の夜、花輪からあずさ宛に入ったメールには、そう書かれてあった。

撮影が始まるのはいよいよこれからなのにと思いながら、

次の日、あずさは『岸田』に向かう。


「今日はスタジオに行かないの」

「うん、花輪さんに『岸田』へって言われて」

「そう」


一緒に通勤できる友華は、私は嬉しいけれどと言いながら、

どうしたのだろうねと、首を傾げる。

その理由は、あずさの通勤を待っていた不機嫌そうな花輪から、告げられた。



【50-5】



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