51 二人の特別な日 【51-1】

『あの子』とは、もちろんあずさのことだったが、

岳も敦も、千晴から出てくる言葉の意味がわからず、黙ったままになる。


「岳……聞いていないの?」


千晴は横にいる敦を見る。

岳から反応が戻らないことがわかり、千晴は『そうなんだ』とその場を離れようとする。


「何があったんだ」


今度は、岳が千晴を呼び止めた。


「聞いているのかとか、何があったのかとか、枠だけを語られても……」

「あらあら、私には、岳とはひとつずつ話をしていますなんて言っていたけれど、
何よ、全然話していないのね」


千晴は、一昨日、新人タレントに食事に誘われたあずさは、そこで酔ってしまい、

眠ってしまったことを話す。


「眠った?」

「そうよ。最初は、そのタレントを口説かないとならないスタッフに、
睡眠薬でも飲まされたのかと思ったの。でも、それはないって言われて。
場を盛り上げようとしていた彼女が、自分で力尽きたって……。
おせっかいだとは思いましたけれど、私が迎えに行きました。ね、敦」


千晴は、どこに連れて行っていいのかわからなくて、敦のマンションに行ったと、

岳に話す。岳の視線に、敦は小さく頷く。


「自分でも、そんなことになるとは思っていなかったのでしょうけれど、
無防備にもほどがあるでしょう。自分でまずいと思って、
最初から話す気持ちがないのか、話すタイミングがないのか知りませんけれど、
今日、撮影場所の『アカデミックスポーツ』西東京に行ったら、彼女が来ていなくて。
花輪さんに聞いたら、会社の不利益になるからみたいなことを言っていたの。
何か他にもやらかしたってことかなと」


千晴は、あの花輪の態度では、話しは良くない方に流れているのではないかと、

分析する。


「宮崎さん、話しにくかったのかもしれないよ。兄さん、忙しそうだし」


敦は、人のことには一生懸命になるのに、自分のことになると、

遠慮してしまうからと話す。


「そうか……二人とも悪かった」


岳はそういうと、後から話を聞いてみると席を立つ。

敦は、岳が、普段以上に疲れているような気がして、その背中を見た。

隣に立つ千晴も、『はぁ』とため息をつく。


「別に怒りもしないのね。あんな態度なら最初から相原家に送り込めばよかったわ。
なんだか、牙の抜けたライオンみたい」


千晴はそういうと、食事の注文をするためにカウンターへ向かった。





社員食堂を出た岳は、エレベーターではなく、階段を下りていた。

昨日、トラブルがなく予定通りあずさと会っていたら、

飲み会での失敗も、おそらく話題に出ていたのだろうが、

その時間は『経営企画』のトラブルで取れなかった。

千晴の言うとおり、知らない男性のいる前で眠ってしまうことなど、

あまりにも無防備だと怒りたいところだが、

忙しさで、あずさと会うことを後回しにしていることを考えると、

そうしようという気持ちが、岳の中に湧き上がってこない。

『経営企画』の扉を開け、中に戻ると、部屋の空気は明らかに数日前と変わっていた。

動きは普段どおりに見えるのに、

互いに『誰が犯人なのか』という目を持ったまま仕事をし、

協力しなければならない部分で、相手を信頼できていない。

疑われそうになったものは、自分ではない証拠を探ろうとし、

また、憶測が各自から飛び交い始める。

事務補助の女性が2人、そして泰成のような工事計画担当者。

研修が終了したばかりの社員。さらに、岳と同じようなポジションにあるものなど、

立場はそれぞれだったが、見るもの、見なくてはならないものは、

『ひとつ』でなければならない。

岳は自分の席に戻ると、『経営企画』にいる社員全員に、会議室に集まるようにと、

指示を出した。



会議室の扉が開けられ、『経営企画』のメンバーが全員中に入る。

もしかしたら犯人がわかったのか、それとも何か処分が下るのかと、

それぞれが視線と問いかけで、迷いの言葉を上げ始める。


「席についてくれ」


岳は責任者として前に座ると、楕円形の机に座った『仲間』の顔を見る。

ひとりずつ視線を合わせていくが、誰一人として苦しそうに目をそむけるものはいない。


「みんなも知っているだろうが、次回予定にしていたものの資料が、
『高岩建設』に流れていた。未発表の段階であり、
完全にうちのものだと言える証拠がない以上、先に提出した向こうの勝ちだ」


岳は、申し訳ないが今回は降りることになったと、社員たちに頭を下げる。

せっかくのチャンスがとざわついた部屋は、岳が頭を下げ続ける状態に、

数秒で静けさを取り戻した。


「相原さん」


立ち上がったのは、最初に疑われたまどかだった。

新人の立場で申し訳ないが、きちんと誰が悪いのか、調べて欲しいと意見を言う。


「私が勉強のためと資料のコピーをしたことで、疑われたことはわかっています。
自分の潔白は、きちんと証明したいので……検査でもなんでもしてください」


まどかの声に、新人のくせに生意気だと斜に構えた社員から、

『どういうことだ』と声があがる。


「先輩方も、潔白だというのなら、それでいいはずですよね」

「朝原……お前」


それぞれが優秀だと言われる大学を出て、プライドを持ち仕事をしているだけに、

ぶつかってかけた部分の修正は、容易なものではなかった。

今まで明らかにならなかった派閥のような関係性が、社員たちから出始め、

右側、左側と、それぞれから声があがる。


『資料を持ち帰っているものがいる』

『廃棄書類をシュレッダーしないものがいる』


など、思い思いの声が、会議室に交差し始める。


「静かにしてくれ」


岳の声に、緊張した空気が筋を作る。


「ここで犯人探しをしようと思っているわけではない。
なぜなら、持ち出した人間の可能性として、ここだけでを疑えばいいわけではないからだ」


最終的な段階資料は『経営企画』にあったとしても、

パーツのような状態は、それぞれ必要な部分に、動いている。


「今回に関しては、責任が誰にあるのかと、
しっかり追求できない管理体制をひいていた、自分にあるとそう思っている。
むしろ、大事なのはここからだ。『高岩建設』に流れた資料だけなのか、
これから先に、そういったものが続くことになるのか」


ミスに気付いたあと、どういう処理をするのかがポイントだと、

岳は全員に向かって話し続ける。


「ここで、みんなの気持ちが勝手な方角を見るようになってしまったら、
協力してきた仲間を疑うようなことをしていたら、
それこそ相手の考えに乗らされたことになる。今こそ、互いに気持ちを引き締めて、
次は絶対にと、同じ目標を持つべきだ」


岳は、すでに役員たちに事情は話してあるので、処罰に関しては、

気にしなくていいと言う。


「『BEANS』経営企画の力を、きちんと発揮しよう」


岳の言葉に社員たちはそれぞれうなずき、『リスタート』を切ろうと、誓い合った。



【51-2】



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