51 二人の特別な日 【51-2】

『WALKEL』の本店。

悟のいる場所だけが、ライトをつけた状態になる。

しばらくすると、外に車が止まる音がして、裏口の方へ足音が近付いてくる。

悟は先に立ち上がり、扉が開く前に表に出て行く。


「よぉ!」

「……あぁ」


岳は遅くなって申し訳ないと言い、中に入った。



「どうだ」

「問題はない」

「そうだろ、俺が作っているからね」


以前サイズを計り作り上げた靴が、やっと岳の手に渡る。

悟はどこか疲れているような岳を見ると、『忙しいのか』と尋ねた。


「うん……」


岳は社内で起きていることについては語らず、その場で携帯を確認する。


「彼女、元気か」


悟は、突然つれてくるから驚いたけれどと、あずさのことを話す。


「うん……」


悟は、岳の前に座る。


「おい……男が仕事で疲れているときは、友達のところでため息なんてつかずに、
彼女にあっためてもらうのが一番いいことだということくらい、
お前なら知っているだろうが」


悟はそういうと、岳を見る。

岳は『そうだよな』と言うだけで、それ以上、話に関わってこようとしない。


「これ、もらっていく」

「うん」


岳はそれだけを言うと立ち上がる。


「岳……」


悟の呼び止めた声に、岳はその場で振り返った。


「思い詰めるなよ」


悟の言葉に、岳は頷くと、またゆっくり会おうと作業場を出て行った。





8月30日。

あずさにとって、26回目の誕生日がやってきた。

幼い頃から、夏休みの終わりという日程が、『宿題に追われる』という時間に重なり、

あまりお祝いムードになったことがない。

昨年は東京行きが決まり、慌しく過ごしていた。

今年は、岳と付き合い始め、もしかしたら互いに休みを取ってと最初は考えていたが、

仕事のトラブルが起きた岳からは、その後、何も連絡はなく、

あずさ自身も、誕生日なのだと言うのも気が引けてしまい、普通に仕事に向かう。


「おはようございます」


普段どおりの挨拶をし、仕事の準備をしようとすると、

隣にいる京子が、その場で立ち上がった。


「コホン……宮崎あずささん」

「はい」


京子が振り返ると、何やら小さな小包がその手にあった。

『ザナーム』の商品の詰め合わせだと、机の上に乗せる。


「今日はお誕生日でしょう。はい、これ、会社から」


京子は、社員の誕生日には、毎年こうした商品の詰め合わせが来るのだと、

教えてくれる。


「あ……」


あずさは、予想外のものを受け取り、とりあえず頭を下げる。


「宮崎さんくらいの年齢なら、あぁ、これは嬉しいとなるのかもしれないけれど、
私は正直、もう辞めて欲しいと思うのよね。住所を知っているのだから、
送ればいいのに……そう思わない? 『渡したぞ、あげたぞ』という、
恩着せがましいところは、うちのやりそうなところだけれど」


京子は、中身だけを出せばそれほどでもないからと、

あずさにダンボールは捨てていけばいいと、忠告する。


「今日は大事な日ですものね、ご予定があるのでしょう。
お持ち帰りは、別の日で」


京子は、『誕生日だものね』と、ウキウキ気分であずさを見る。

あずさは、『何もないです』と言おうとしたが、

またどうしてなどと聞かれるのも面倒なので、

『そうですね』と当たり障りのない言い方をする。


「そうよね……そうに決まっているわよ。誕生日はね、宮崎さんという人が、
この世に生まれましたという日なの。特別な一日なのだもの、
ガッツリ甘えちゃいなさいね」


京子は、こういう日に、言いにくいことも言えばいいのだと、

何やら自己満足げに頷いていく。


「さて、素敵な1日になるように、今日も頑張りましょう」


あずさは京子に頭を下げると、仕事の準備を始めた。





『BEANS』にいる岳も、その日がどういう日なのか、当たり前のようにわかっていた。

ただ、『企画の流出』があって以来、『経営企画』の状態は、

以前のようにはなかなか戻らず、岳自身も、

落としてしまった仕事の穴埋めをどうするべきかと、頭を悩ませていた。

それでも、あずさと仕事の帰りに食事くらいは出来るだろうと、

携帯に手を伸ばしたとき、社長室から連絡が入る。


「相原さん、社長室へと」


電話を受け取った社員から、すぐにという言葉を受け取り、

岳は携帯をしまうと社長室に向かう。

また何か問題が起きたのかと、神妙な顔で扉を開けると、

明らかに異様な状態が、その場にあった。

眉間にしわを寄せている役員たちと、その前に座り、岳を待っていたと思える父。

岳は『失礼します』と中に入る。


「相原君、君は『経営企画』の社員を、どう束ねているのかね」


副社長の安藤が、テーブルの上に置かれた茶色の封筒を左手で軽く叩いた。

岳は武彦を見る。


「『高岩建設』から……裁判をするかもという手紙が来た」

「……裁判?」


岳は、『高岩建設』がなぜ、うちにそんな手紙を寄こすのかがわからないと、

その場で訴えた。


「むしろ、アイデアを盗まれたのは、うちの方です」

「それが……そんな簡単な話しではないんだよ」


副社長はとにかく座りなさいと、岳に指示を出す。

すると、『経営企画』の中で、岳と同じように、社員を束ねる立場の数名が、

遅れて顔を出した。



【51-3】



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