51 二人の特別な日 【51-3】

「話しは、大きなことになっている」


『高岩建設』の顧問弁護士がよこした手紙によると、

『BEANS』の社員が、とあるマスコミに情報を流し、

大きなスキャンダルになるのではと、水面下での調べが始まっているという。


「うちのものを『高岩建設』が盗んだと、そう情報提供があったと……」


広報など、どちらかというと外部につながりのある安藤は、

面倒なことだと顔をしかめる。


「うちが『BEANS』のものを盗んだなどと、勝手な情報を流され、迷惑を被ったため、
どちらの主張が正しいのか、裁判で決着をつけたいと、そう言い始めている」


安藤は、向こうの狙いは裁判そのものではなく、

秋からのドラマが目の前にある『BEANS』に、

世間からの別視線を向けさせたいというのが本音だろうと、ため息をついた。


「マスコミに騒がれると、面倒なのはうちも向こうも一緒だ。
どちらにしても盗作だの、濡れ衣だのと言う争いではイメージが悪い。
しかし、秋からドラマが始まるというタイミングは、
明らかに相手よりうちの方が揉め事には不利だ。ドラマへの影響も避けられない」


長い間、提供を続けてきた枠なのにと、安藤の言葉が止まる。


「あの……」


岳は、マスコミに情報を流したのは、本当に『BEANS』の社員なのでしょうかと、

聞き返す。


「『経営企画』の人間だと、実際の名刺のコピーが入っていた。
まぁ、名前の部分などには、黒の線が入っていたけれど」


岳よりも遅れて入ってきた社員数名は、今回、『高岩建設』に盗まれたという資料は、

自分たちのプロジェクトとは無関係なので、雑誌に持ち込みをしたのは、

岳の束ねる人間ではないかと、そう言い始める。

安藤も、自分も同じ考えだと頷き返した。

そこまでの流れを、社長の武彦は黙って聞き続ける。


「とにかく、組織内に怪しい動きを見せている人間はいないか、もう一度、
しっかりと管理して欲しい」


役員達の下にいる管理職達も、

業績のいい今だからこそ、気を引き締めるべきだと声をそろえた。





岳としては、少し考える時間を持ってから、

トラブルについて社員達に話をしようと思っていたが、

『経営企画』をまとめる部長の考えで、『高岩建設』とのいざこざが、

社員達に語られることはなかった。今は、誰なのかと提供者を探し出すことより、

『高岩建設』とのぶつかりあいを、回避した方がいいという判断からだ。

岳は社長室を出ると、ゆっくり階段を降りていく。

数階ある『経営企画』の中でも、今期に入って、業績をあげていたのが、

岳のいる部屋だった。『岸田』と『稲倉』と場所争いをしていた頃から考えると、

『岸田』の事故をきっかけに、逆のスクラムが出来た。

誰が取るというより、全員で送り出すという考え方が、

少しずつ浸透してきたところなのに、この問題が明らかになってしまったら、

今よりももっと、ぎくしゃくした場所になってしまう。

岳が自分の席に戻ると、社長室に向かったことを知っていた泰成やまどかが、

どういうことだったのかと、内容を尋ねてきた。


「それほど大きな話ではないから。気を引き締めて、次こそ頑張って欲しいと、
そういう内容だった」

「本当ですか?」


まどかは、その内容で社長室なのかと、納得のいかない表情を見せる。


「次の締め切りが迫っている。過ぎたことにとらわれるのは辞めよう。
見えないものを見ようとするのは、時間の無駄だ」


岳はそういうと、カレンダーに目を向ける。

8月30日。あずさの誕生日。

何事もなかったように、食事の約束をしようと携帯を握りしめるが、

その指は、動かなくなる。

以前、『岸田』の工事現場で起きた事故の日、

岳は、心配させたくないという思いとは裏腹に、つながったあずさとの電話で、

心の内を全て話していた。

今日もまた、この後会ってしまえば、誕生日を祝うどころか、

浮かない表情ばかりを見せかねない。

どうしようかと携帯をポケットに押し込み、岳は気持ちを整えるため、

『経営企画』の部屋を出た。



「『高岩建設』の社長と、直接私が話をしましょう」


岳達がいなくなった社長室では、数名の役員が残り、

手紙についての話し合いを進めていた。こうして先に手紙をよこしてきたのは、

話し合いの余地があるからだという武彦に対し、『少し』と、声が入る。


「社長が直接向かい合うというのは、互いにリスクが大きい。
引くにも、引けなくなる。それをするのなら、間に入ってくれる人を……」


『高岩建設』はここのところ『BEANS』に競り負けることが多かったので、

これを一つのきっかけにしているのだろうと、役員達は分析する。


「社長……」


武彦に声を上げたのは、安藤だった。


「個人的なお話を持ち出して、大変恐縮なのですが、頭の中で色々と考えて、
最適な方はあの方ではないかと……」


副社長という立場にある安藤の言葉に、他の役員達からも期待の目が移る。


「『三国屋』の青木会長に、入っていただくのは……」


副社長はそういうと、武彦に対してどうだろうかという表情を向けた。





『先日から続いているトラブルが落ち着いてから、あらためて食事に行こう。
今日はごめん』



岳はあれこれ考えた上で、あずさあてにメールを入れた。

しばらくすると、あずさからの返信が届く。



『いつでも大丈夫ですから、気にしないでください。
それより、しっかりと休んでくださいね』



文章の最後には、明るく笑っているような顔文字が残されていた。

岳はあずさらしいなと思いつつも、『落ち着く』のがいつになるのだろうかと、

考えてしまう。今までもトラブルや揉め事など、それなりにあったが、

自分が全ての頂点に立つことで、落ち着かせることが出来た。

しかし、今回は外部とのトラブルであり、しかも相手が格上とも言える企業であるため、

その解決への道筋が、どう作ればいいのか、わからなくなる。

岳は携帯を閉じると、こなさなければならない仕事に、気持ちを向けることにした。





「それでは、お先に」

「はいはい。素敵なデートを」


何も知らない京子の言葉に送られ、あずさは家まで帰ることにした。

頭ではわかっていると返事をしたものの、やはりさみしさを感じてしまう。

仕事について、途中で投げ出すようなことはないとわかっているのだから、

落ち着いたと連絡をくれるまで待とうと思うものの、以前なら相原家にいたため、

階段ですれ違うときや、飲み物を取りに行くなど理由をつけて、

その表情を確かめることも出来た。ほんの数分あれば肩を揉むことで、

会話も成り立った。今は、トラブルがあるとわかっているのに、

距離を置くことしか出来ないのかと、自然とため息が出る。

あずさはせめて好きなものでも買って帰ろうと思いながら、駅までの道を歩き続けた。



【51-4】



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