51 二人の特別な日 【51-4】

あずさと会うことを避け、仕事の立て直しのために残った岳だったが、

今日一日、社員達の様子を見ていても、とくにおかしなところなどなく、

データ管理の面においても、鍵の置き忘れなど、指摘するようなものは出てこなかった。

とりあえず上の指示を待てと言われている以上、

役員や社長の武彦がどういう判断をするのか、待つしか無いのだが、

岳はただ、闇雲に犯人捜しをするよりも、

正面から話し合いをした方がいいのではと思い始める。

片付けを終えて『経営企画』の部屋を出ると、ひとり社長室に向かう。

昼間には発言がなかった父が、実際にはどう考えているのかを知るために、

扉をノックした。


「『経営企画』の相原です」


岳は名前を名乗り、中に入る。

部屋にいたのは、武彦だけだった。岳は『申し訳ありません』と頭を下げる。


「そんなことをするな。謝罪など何度もすることではないだろう。
今回のことは、会社全体で考えることだ」


武彦はそういうと、遅れた部分の修正は出来ているのかと聞いてくる。


「はい。流してしまった企画を、取り戻そうと担当はみんな、頑張ってくれています」

「そうか」


武彦は『紅葉の家』や分譲マンションの模型が出来てきていると、岳に見せる。


「社長」

「うん」

「『高岩建設』の件ですが、あれこれ犯人捜しをするよりも、
直接、『高岩建設』と話し合いを持った方がいいのではと考えました」


岳は、お互いに書面などやりとりせずに、顔を見て話をした方が、

長い時間をかけずに、問題解決が出来る可能性があるのではと、提案する。


「『稲倉』の件から、いえ……その前の『アルベンジホテルリゾート』の件から、
うちと『高岩建設』とは、色々とありましたから」


岳の言葉に、武彦は『うん』と小さく同意する。


「それなら」

「岳……」

「はい」

「確かにお前の言うとおり、まどろっこしいことなどせずに、直接話し合いをした方が、
お互いの本音を見せ合うことが出来る。企業同士、泥のなすりあいなど、
どちらにもいいことはないからな」

「そう思います」

「ただ、大人同士の話というのは、
常に正しいことだけを主張すればいいというものでもない。時に譲り合い、
見たものも見えていないと、発言するタイミングもあるだろう」


武彦の言葉に、岳は正当性があっても、それを振りかざしていては解決できないと、

言われた気がしてしまう。


「後は、こちらに任せなさい」

「どなたかに、間を取り持ってもらうというのは、どうでしょう」


岳は、ドンと呼ばれる『瀧本』や、建設関連の役人トップなど、

今までどちらの企業にも関わりのあった人物の名をあげていく。


「それも含めて、私に任せなさい」


武彦はそういうと、そろそろ仕事を切り上げようと岳に話す。

岳は『わかりました』と答えると、頭を下げて社長室を出た。



『どうしてそんなことに。青木社長のお嬢さんと婚約ではないかと聞いていて、
これはすばらしいご縁だと、そう……』



武彦の耳に、数時間前、この場所でそう言った安藤の言葉が思い出される。

梨那の父、青木文明は、大手百貨店『三国屋』の会長であり、また、経済界でも、

顔が広く発言力も持っていた。親戚には国会議員になったものも出たため、

利益とは別の部分で、間に入ってもらえる人物だと、名前が挙がった。

確かに、岳と梨那の交際が続いていたのなら、そんな話を振ることも出来ただろうが、

武彦は今更そんなことは出来ないと、副社長である安藤の提案を却下した。



会社を出ようと思った岳は、エレベーターを使わずに、階段を降りていた。

夜9時を回ったため、社内からはほとんどの社員が消えている。

フロアも薄暗い状態だったが、3階まで来た時、明かりの中に敦の姿が見えた。

岳の足が止まる。

敦はどこかに電話をしているのか、受話器を耳に当て、何度も頷いている。

数分すると電話は終わったようで、敦は腰をあげると、大きく背伸びをした、

その視線が、廊下にいる岳を見つける。

敦は、元気のなさそうな岳に、優しく微笑んだ。





「どうぞ」

「悪いな、急に」

「いや、こんなタイミングでもなければ、兄さんがここに来ることもないだろうしね」


岳は敦の暮らすマンションに向かい、そこでソファーに腰掛けた。

春前に出て行ってから、訪れるのは初めてのことになる。


「殺風景だろ。無駄なものは買っていないんだ。掃除も面倒だし。
だから、食事は外ばかりだし、冷蔵庫も飲み物しかない」


敦はそういうと、買ってきた物をおき、コーヒーでも入れるねと台所に立つ。


「『BEANS』何かあった?」


敦の問いかけに、岳は小さく頷く。

別の会社に所属したのだからと、話すことを避けていたが、敦ならという思いから、

岳は、仕事をしながら犯人捜しをしているような雰囲気に、

どう対処したらいいのか迷っていると、言い始める。


「盗まれたのはこちらのものだと、主張したいのは山々だが。
『高岩建設』の言うとおり、うちの社員がマスコミに会っているのだとしたら、
それはまた問題だ」


岳の言葉に、敦は『そうだよね』と返事をする。


「今日は……会ってやりたかったけれど」


岳は、今日があずさの26回目の誕生日だったと話す。


「そうなの?」

「あぁ……。お前と千晴さんから、あの飲み会の話を聞いてから、
トラブル続きで会えていない」


敦は、あの日からなのかと、岳の座っているソファーを見る。


「そう、食事会で酔ってしまった後、そこに座っていたよ、宮崎さん。
千晴さんに文句を言われながら、すみませんってそう言って」

「……ここか」

「うん。食堂では千晴さん、いつものように嫌みな言い方をしていたけれど、
あの日は、結構真剣に話していた。何かがあったら、
兄さんがどんな思いをすると思うんだって」


岳は、3人の様子がなぜかわかる気がして、口元に笑みが浮かぶ。


「面倒な性格だけどね。ゴチャゴチャしたやっかいな感情の中に、
1本だけ、きちんとした部分がある。それが千晴さんだから」


敦は、うるさい方が全然多いけれどと、コーヒーを岳の前に置く。


「ありがとう」

「うん……」


岳は香りを確認しながら、カップに口をつける。

静かな時間が、二人の間に流れていく。


「兄さん」

「ん?」

「今ならまだ、会いに行けるよ」


敦の言葉に岳の顔があがる。


「まだ10時になるくらいだ。ここからなら1時間あればどうにか」


敦は、今ならと、繰り返す。


「いや……あずさに会ったら、ただぐたぐたと愚痴りそうだ。
思い通りにならないことを並べてあれこれ……」

「いいんじゃないかな。兄さんが愚痴を言ってくれるなんて、僕は嬉しいし」


敦は、自分のカップを持つ。


「ウソじゃなく、本当にそう思っているんだ。
こうして今、すごく兄弟だって、そう思えているし……」


敦は、今までずっと、どこかに壁がある気がしていたと、岳に話す。


「兄さんが悪いわけではないんだ。
僕が本当の意味で向かい合うことを避けていたのかもしれない。形を作ろう、
その形を守ろうとして、積極的になれなかったし、黙っていようとばかり、
そう生きてしまって」


岳は敦の中にも、やはり見えない壁があったのかと、そう思う。


「兄さんにとって、僕はやっと今、『本当の味方』になれたのかなと……
嬉しさに浸っているのだから」

「敦……」

「愚痴が言えるというのは、そういう人だろう」


敦は、あずさもそういう立場の人だろうと、岳に聞き返す。


「会いたいのだから、会えばいいんだよ」


敦はそういうと、ほら、また1分過ぎたよと、時計を指さす。

岳はその時計を見た。時間と分を示す針は動いているように見えないが、

秒速は慌ただしく動き続ける。

岳はカップをテーブルに置く。


「敦……」

「何?」

「ありがとう」


岳の言葉に、敦は『うん』と頷く。


「また、あらためてここで飲もう」


岳はそういうと、部屋を出て行こうとする。


「気をつけて」

「……あぁ」


岳は敦の部屋を出ると、車を止めた駐車場までかけ続けた。



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