52 本当の心 【52-1】

「結局、愚痴を言いに来たようなものだな」


岳の言葉に、あずさは首を横に振る。

敦に言われた通り、誕生日の残り時間を一緒に過ごしながら、

岳は抱えている仕事のトラブルについて、あずさに話をしていた。

時計は日付を変える時間になる。


「『高岩建設』も、本当に裁判をしようと思っているわけではないはずなんだ。
ただ、新しいことに挑戦しているうちに対して、妬みや焦りもあるのだと思う」


そこに、『BEANS』の社員がフライングしてしまったと話す。


「岳さん……」


あずさの声に、岳は横を向く。


「トラブルは、出来る限り回避したほうがいいとは思います、
でも、無理しないでくださいね」


岳は大丈夫だと、小さく頷く。


「社長も役員のみなさんも、しっかり考えてくれますよ。今までだって、
色々と乗り越えてきたわけですし。じっくりと話しをすれば、わかりあえるはずです」


岳は、正々堂々と語る、あずさの顔をしばらく見る。

あずさのどこか得意げな顔の真ん中にある鼻を、軽く指ではじいた。


「……痛い」

「『話しをすれば、わかりあえる……』か。そういえば、村田さんのときも、
そんなことを言われたな」


岳は、『Sビル』の立ち退き騒動の中、

『BEANS』に批判的だった、プラモデル店主の村田のことを思い出す。


「あの時、そんなことは無駄だと、言い返したけれど、
なぜか結果的にはいつもあずさの思うとおりになった……。
今回も、いやいやと言いたいけれど、うん……」


岳はそういうと、『大丈夫だ』ともう一度念押しをする。


「そうですよ。なぜかわからないうちに、少しずつ風がふいて、
私が望む方向に、なってきましたから。
そう、私は『人を前向きに変える力がある』のです」


あずさは、落ち込んでいる岳が、明るい気持ちになれたらと思い、胸を張ってみせる。

岳は、そんなあずさを見た。


「前向きね……」

「はい」


あずさは嬉しそうに答えると、膝を抱えなおす。

さすがの岳も言い返してこないと、少しだけ満足感に浸っていたが、

そんな、優勢な時間は数秒も続かない。


「いや……ただあずさの言うことを、素直に認めるわけにはいかないな」


岳はそういうあずさこそ、しっかりしないといけないのではとアドバイスをする。


「しっかりですか?」

「そうだ。千晴さんがいなかったら、タレントとの食事会で、
妙なことになったかもしれないと後から聞いたぞ」

「妙なことにはなっていま……あ……でも……あれは」

「敦にも迷惑をかけて」


岳の言葉に、なんとか言い返そうとしたものの、

敦の名前を出され、あずさはその通りだと申し訳なさそうに頷いていく。


「そうでした。敦さんにはご迷惑をかけました。突然部屋に押しかけて」

「だろ。あずさは俺にあれこれ言う前に、自分のことをしっかりやること。
そっちこそ、無理しないように。タレントの付き添い」

「……それは、ダメになりました」

「ダメ?」


あずさは自分が花輪を怒らせてしまったと、話をする。

岳は千晴が言っていたことを思い出し、

『実際、何をしたのか』と、あずさに聞き返した。





「いくら適任だと言われても、
こちらから、青木会長には話しをするわけにはいかないだろう」

「……そうですよね」


相原家では、『高岩建設』との仲介役にと望まれている文明について、

武彦と浩美が話し合っていた。


「副社長の安藤さんにも、岳とのことがあるだろうと言われたから、
実はと……話しはしたんだ」

「そうですか」

「梨那さんとの付き合いが続いていれば、頼みやすいところもあったが、
今はもう互いに割り切っているのだから、あいつの耳に入れたくはない」

「はい」


浩美も、『そう思います』と頷いていく。


「他に立ってもらうべき人がいないかどうか、考えてみるから」

「はい」


武彦はそういうと、新聞をテーブルに置き、メガネを外した。





「私が星川美佳さんと個人的に食事に出かけて、プロデューサーさんとの話し合いの中に、
入っていたのがまずかったみたいです」


込み入った話に入り込み、素人に意見を言われてはたまらないと思ったのだろうと、

あずさは振り返る。


「まぁ、それは一理あるな。あずさは『素人』なのに、
すぐ首を突っ込もうとするから」


岳は不満そうなあずさの顔を見ながら、視線を首筋に向かわせる。


「そうですかね、私は一人では心細いと言われて、それならと着いて行っただけですし、
最初から重々しい雰囲気だったので、これは和やかにしないとと思って、
お酒に弱いことも忘れて、飲んだのに」


あずさは、自分だけが悪いみたいに言われてしまったのが納得いかないけれどと、

少しだけ口を尖らせる。


「花輪さんとは、どうも相性が悪いと言うか……」

「あずさ……」

「はい」


岳の指が、あずさの耳たぶに触れる。


「今日は、もう遅いし、誕生日のコメントだけだと思ってきたけれど、
やっぱりこのまま帰れそうもないな」

「エ……」


岳はそういうと、あずさの首筋に口付けていく。

時間だとか、明日の仕事がとか、あずさは切り返そうとしたが、

岳の唇が自分に触れていくたびに、頭と体は別の思いに動き始める。

たとえこの後、10分しか時間がなかったとしても、

それでも岳を感じていたいというあずさの思いは、誘いに応えるように、

キスという返事を渡してしまう。

岳の腕に支えられながらあずさは体を横にして、何もかもを受け止める思いで、

両手を首に回していた。



【52-2】



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