52 本当の心 【52-5】

『婚約寸前』という言葉は完全ではないかもしれないが、

二人の間にそれなりの付き合いがあったことは岳も認めていたし、

あずさの登場で、終わってしまったことは間違いない。


「勘違いしないでね、私はあなたが悪いと言っているわけではないの。
誰が誰を好きになるのかなんて、自由だし。ただ……あいつは……あいつって、
岳のことよ。『BEANS』をまとめていかないとならない立場にいる男なのよ。
このことで、『高岩建設』といざこざが残ったら、何かと面倒ではないかと、
私は思うから」


千晴は、神妙な顔つきになっているあずさを見る。


「言ったでしょ、前に。あなたに『三国屋』というブランドを捨ててまで、
近付く何かがあるのなら、教えて欲しい……そんなようなこと」

「……はい」



『あなたに何があるのか』



確かに千晴に聞かれたことを思い出し、あずさは小さく頷く。


「岳と娘さんのことを今さらどうにかなんて、『三国屋』の会長なら言わないと思うのよ。
でも、みんな最初から避けようとしているでしょ。
おそらく岳にもおじさんは話していない」


あずさは自分の部屋に来た時の岳のことを思い出し、確かにそうだろうと頷いていく。


「ここで選択肢を謝ると、『BEANS』の未来も、危うくなるかもしれない」


千晴の言葉に、あずさは黙ったままになる。


「あいつは……『BEANS』がなかったら、輝けなくなるから」


千晴はそういうと、あずさのそばを離れていく。

スタジオから一番離れた場所で、あずさは一人、岳のことを考える。



『俺から『BEANS』を取ったら……』



岳と『BEANS』は別なのだからと、あの時は笑った。

それは岳自身の状況も、性格も、仕事に対する思いも、

まだそれほどあずさ自身が気付いていなかった。

しかし、あずさは岳との時間が増えれば増えるほど、

岳本人が『BEANS』での仕事を好きで、

さらに発展させていこうと気持ちを注いでいることがわかる。

今、千晴が言ったとおり、『輝けなくなる』という思いは、あずさ自身にも常にあり、

だからこそ、自分自身が出来ることはないのかと、考えていたことを振り返る。


『肩もみ』から始まり、プラモデル店の村田を説得したのも、

『アカデミックスポーツ』のトラブルの後、

岳に『BEANS』への再就職を提示されそれを断ったのも、

そして、富田家と起きた30年前のトラブルを、どうにか回避しようとしたのも、

『BEANS』イコール岳だったことに、あらためて気付かされる。


建設業界のトップを走る2つの会社が、互いに向かい合ったとき、

そのバランスを保てる人がいるのなら……



岳が、これからも自分らしく仕事が出来るのなら……



あずさは自分の存在など、ちっぽけなものだと考える。



『庄吉さんは、私に名刺をくれた。生活が大変だったら僕に連絡をくださいって。
私は、それだけで十分だった。失うことばかりだった日々の中、
あの人が生きていてくれたということだけで、本当に……。
だから、その名刺をお守りのようにずっと大切に持って、
大変なときは、庄吉さんの言葉を思い出して、必死に生きてきた』



あずさの心の中に、亡くなった玉子のセリフが蘇る。

玉子は、出会ったときから庄吉とは結ばれないことをわかっていたのかもしれない。

別々に歩み、互いのテリトリーに入り込まない方が、

思いに輝きを保ち続けられると、判断したのではないだろうか。



『あずさ……』



あずさは岳の声を思い出し、目頭が熱くなる気がしたが、

それを振り切るように歩き、スタジオの撮影に戻った。





『高岩建設』の弁護士から、手紙が届いて2週間が過ぎた。

そして、テレビ局や事務所、そして新しいことへのチャレンジを決めた『BEANS』が、

全面協力を決めたドラマ、『ウインド・ウーマン』の番組宣伝もスタートする。

カンナが職場とする場所の撮影が、『BEANS』内で3日後に迫った。

しばらくは犯人探しの目に、不協和音が目立っていた『経営企画』も、

社員の気持ちが前向きに変わっていくようになり、少しずつ違和感が消えていく。

岳はエレベーターを降りた後、そのまま社長室を目指した。

ノックすると中から声がかかる。

『失礼します』と扉を開けると、そこに座っていたのは武彦だった。


「悪いな、仕事中に」

「いえ……」


岳は話しはどういうことなのかと聞かないまま、ソファーに座る。

武彦は一度、岳の肩に触れ、向かい合うように座った。


「お前に頼みたいことがある」

「はい」


岳の視線が武彦に向かう。


「『高岩建設』との調整を、『三国屋』の青木会長にお願いしようと思う」


武彦は、色々と考え、他にもあたったけれど、副社長の安藤や、他の役員から、

最善なのは青木会長だと押し切られたことを話す。


「……はい」


梨那の父、『青木文明』ならば、確かにそれだけの格も力もあるだろうと、岳は頷く。


「梨那さんとのことは、以前、会長と話をしているし、
本人たちの思いがあってのことだから、
今更どうのこうのとこじれることはないだろうが、一度、
『高岩建設』との話し合いの前に、挨拶をさせてもらった方がいいと思っている」


武彦は、『高岩建設』が言うように、実際、うちの社員がフライングをして、

マスコミにネタを持ち込んだことは間違いがなかったと、調べた内容を語る。


「入社して仕事についたが、思うような配置にならずに、
腐って辞めていくものもいるし、美味しいことを言われて、
フラッと気持ちが揺れる人間も、この世には当たり前のように存在する」


どちらかというと『エリート』と呼ばれた人たちが入ってくる企業だからこそ、

『挫折』に弱い人間が多いのも事実だと、武彦は語る。


「お前も一緒に、青木会長に会ってくれ」


武彦の言葉に、岳は黙ったままになる。

『高岩建設』の弁護士から手紙が届いてから、この話しを聞くまで、

数日の猶予があった。武彦の性格ならば、

他に適任者がいれば、そちらに振るだろうということもわかっている。


「すみません」

「お前が謝ることではない。これは予想外の出来事だし、
半分は、『高岩建設』の顔を立てるための儀式のようなことだ」


武彦は、あの老舗の企業が、必死になってくるくらい、

『BEANS』に存在感が出てきた証拠だと、出来る限り明るく振舞おうとする。


「青木会長は、受けてくださるでしょうか」


岳にとって、むしろ心配なのはそちらの方だった。

娘の梨那に対して、岳自身が不誠実な態度を取ったことは間違いない。


「安藤副社長の話によると、前向きに考えてくださっているようだ」


武彦は、日程を決めたらまた連絡をすると、岳に声をかけた。





【ももんたのひとりごと】

『ここだけの話』

『BEANS』の副社長、安藤が千晴の所に出かけました。
これはあくまでも私の勝手な考えになるかもしれませんが、だいたい、
『ここだけの話しなんだけど……』と切り出す人って、
噂話が好きな人ではないですか? 『ここだけ』=『特別』と言いながらも、
実際には、あちこちに聞いたり言ったり……そう言われた時って、
私は結構、身構えて話します。




【53-1】



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