53 限界への挑戦 【53-1】

『三国屋』


日本に数ある百貨店の中でも、高級ブランドが多く、

本店の建物は文化財として認定されているほどの企業、それが『三国屋』になる。

あずさは仕事を終えた後、電車に乗り、

以前、岳と『リクチュール』のスーツを買いに出かけた本店前に立った。

あの時は地下の駐車場から中に入り、スーツだけを見て出て行ったが、

駅からの直通通路を歩くと、かわいらしいマネキンや、

通路一面に出された広告の華やかさに、自然と視線が向かう。

あと数メートルで店内というところまで来ると、

そこまでスムーズだったあずさの足が止まってしまう。

ここに入り、自分の目の前に出てくるはずの人と、

向かい合うだけの気持ちが整っているのかと、そう自分自身に問いかけた。



『選ぶのはお客様です』



以前、『高岩建設』のマンションが『即日完売』なことを知った岳と、

あずさは言いあいになった。岳は相原家を飛び出し、その物件を実際に見に出かけ、

『何もない』と言いながら、実は新しい何かを得ていた。

だからこそ、今までにはない発想で、敦とも協力していけるマンションを手がけ、

すでに、その評判は地元で大きくなっている。

仕事の面では、父、武彦が岳を認め、そして弟の敦とは本当の意味で、

協力が出来るようになってきた。


初めて二人だけで過ごした日、

亡くなった母の部屋に入るようなことはないと、

岳は、気持ちが一つステップアップしたことを語ってくれた。


大学時代からの友人や、『BEANS』にいる優秀な社員たち。

岳が『BEANS』で輝き続けるために、協力してくれる人たちは、たくさん存在する。



『あずさ……』



頭の中とは別のところから、あずさは自分を呼ぶ岳の声を思い出す。

結局、あと数歩が出せず、『三国屋』の入り口に背を向けると、

必死にホームまで走った。





その夜のこと、梨那がリビングでくつろいでいると、父、文明が戻った。

母はすぐに気付き迎えに出て行き、玄関の方から楽しそうな声が聴こえてきた。

『梨那はいるのか』という言葉が耳に届き、立ち上がることをやめる。


「おぉ、梨那」

「おかえりなさい」

「お前に話しがある」


文明はそのままソファーに腰掛けた。そして、『BEANS』の相原社長から、

電話がかかってきたことを話す。


「前に話していただろう。『高岩建設」との仲介についてだ」

「えぇ……」


梨那はそれだけを言うと、黙ってしまう。


「挨拶をしたいと、そう言われたよ。岳君も同席するそうだ」


梨那は岳の名前を聞き、一瞬、声を上げそうになるが、冷静にと一呼吸する。


「そう……」


文明は梨那の顔を見る。


「ずいぶんトーンの低い返事だな……。私にとって一番大切なのは、
娘である梨那……お前なのだよ」


文明の言葉に、梨那は『わかっています』と頷きながら、

読みかけていた雑誌のページを閉じた。





『フラワーハイツ』のあずさの部屋は、2階の角部屋になる。

太陽がまぶしく朝を教えてくれる東側の窓。

そこからの眺めは、どこか群馬の実家を想像させた。

春になれば花が咲き、夏になればセミの声が届く。

おそらく秋には色づいた紅葉が見え、冬になると霜柱があちこちに出来るだろう。



『東京』



庄吉が偶然あずさのことを知り、是非にと望んでくれなければ、

あずさは『東京』に出てくることなど、なかったはずだった。

両親や祖母と一緒に、地元の道を自転車で走り、そこで出会った人たちと、

のんびりとした時間を送っていただろうと、想像する。

岳と付き合い始めたことを、母の美佐は心配していたが、

祖母の夏子は、どこか応援してくれているような表情だった。

玉子とは時代が違うのだからと、自分自身も思っていたけれど、

千晴の言葉を聞き続けたあずさは、何ひとつ『違う』ということが出来なかった。

『肩もみ』をするだけで、全てがリセットされるのなら、自信は山ほどある。

しかし、それだけでは済まないことは、『BEANS』として当たり前のことだった。

これから、岳自身がもっと立場を上げていく中で、

さらに日々は複雑になるかもしれない。


『全てを任せて欲しい』と言われた日。

岳に買ってもらったスーツや靴。

これからも、色々な時間を一緒に過ごすことが出来たらいいと思い、

次に着られる日を楽しみにしていた。

しかし、『東京』を離れてしまえば、袖を通すチャンスなどないだろうと、

あずさは襖を閉めると、浮かびそうになる涙を懸命にこらえた。





『Pスタジオ』


千晴は次の日もスタジオに入り、美佳の担当に戻ったあずさの到着を待っていた。

しかし、その姿はスタジオに現れず、撮影は時間通り始まってしまう。

あずさの体は、その時、別の場所に向かっていた。


「ふぅ……」


あずさは、昨日は踏み入れられなかった『三国屋』の正面入り口から中に入ると、

インフォメーション担当の女性の前に立つ。


「突然、申し訳ありません。私、『宮崎あずさ』と申します。
こちらにお勤めの『青木梨那』さんに、お会いしたいと思い……ここに来ました」


受付の女性は二人で顔を見合わせる。


「あの……お約束でも」

「いえ、約束はしていません。ご連絡先も知らないので。
でも、名前を言っていただけたら、わかってもらえるかもと……。
あ、あの……『BEANS』の件でと」


少々お待ちくださいと言われたあずさは、

他の客たちの迷惑にならないよう、台の前から離れた。



【53-2】



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