53 限界への挑戦 【53-2】

インフォメーションの女性が内線電話を鳴らすと、『広報』の社員がその電話を取る。


「あの、1階のインフォメーションです。宮崎あずささんと言う方が、
広報の青木梨那さんにお会いしたいと、お見えになっていますが……」


あずさは、その声を聞きながら、どうか会って欲しいと、両手を握り締めた。



「宮崎あずさ……」

「はい。今1階からです。梨那さん、ご存知ですか?」


受話器を手で押さえた社員が、デスクに座っていた梨那にそう聞いた。


「なんだか『BEANS』のこととか……」


梨那は、尋ねてきたのが、岳の選んだ相手だとすぐにわかる。


「下にいるの?」

「そうらしいですが」

「わかりました。今、行きますと伝えてください」


梨那はそう言うと、『広報室』を出た。



「青木は今、こちらに向かっておりますので」

「ありがとうございます」


あずさは梨那から拒絶されなかったことがわかり、ほっとする。

インフォメーションの場所から離れ、入り口近くに立った。

女性客が開店を待っていたという雰囲気で、

話をしながら吸い込まれるように店内に入っていく。

目の前に広がる化粧品や装飾品売り場は、光り輝く別世界のような場所だった。

天井からは豪華なシャンデリアが存在感を出し、

『三国屋』が他と簡単に比べようのない店なのだとアピールする。

店舗の前に立ち、たくさんの女性従業員が『おはようございます』と挨拶をし、

そこに立ちどまった女性たちが、嬉しそうに商品を選ぶ。

その眩しいような場所から、一人の女性の姿が浮かび上がる。

ヒールを履き、広めの通路を歩いてくる梨那が見えた。

あずさは自分の存在に気付いてもらおうと、少し前に出ると頭を下げる。


「待たせてごめんなさい」

「いえ……」


あずさは、突然なのにすみませんと、あらためて礼を言った。





あずさと梨那が向かったのは、『三国屋』の10階にある喫茶室だった。

そこは以前、逸美と梨那が向かい合った店になる。

あずさは『カフェオレ』を注文し、前に座る梨那を見た。

まだ、岳のこともよく知らなかった頃、

ここには『リクチュール』のスーツを買いにきた。

その時、不思議そうに自分を見ていた梨那の顔は、あずさも忘れていない。


「忙しいところ、突然来てしまって、すみません」


あずさの挨拶に、梨那は『そうですね』と冷静に返事をする。


「秋セールの準備とか、本当に忙しいの。だから、面倒な話しは必要ないです。
あなたがここへ来たのは、岳のことだと……そうなのでしょう」


梨那は『BEANS』とは言わず、岳そのものを示した。

あずさは小さく頷く。


「『高岩建設』ともめているとか、ちょっと耳に挟みました。父に仲介役をと、
副社長の安藤さんから声をかけていただいていることも知っています。それで、
あなたは何を……」


梨那はそういうと、あずさを見る。


「私は、大きな企業の抱えている事情など、まるでわかりません。
でも、そのトラブルの話は聞きました。青木会長は、その仲介役を、
引き受けてくださるのでしょうか」

「……引き受けると思う?」


梨那は、あえて押さえたトーンを保ったまま、そう聞き返した。

あずさは、梨那の返し方に、やはりストレートにことは運ばないのかと、

答えに詰まってしまう。


「ある面では非情に突き放しておいて、ある面では必要ですからと呼びつける。
そんな話を、父が無条件に引き受けると思いますか?」


梨那は、岳とは人の紹介で知り合ったが、

それなりに長い付き合いになっていたと、あずさに話す。


「あなたが東京に来なければ、私は岳と別れることにはならなかったでしょう。
彼には自分のパートナーを選ぶ時間もあったし、選ぶ目も持っていたし」


梨那は、自分は岳にとって、優秀な『パートナー』だったはずだと、話す。


「でも、彼はあなたを選んだのだから、あなたが助けてあげたらいいじゃない」


梨那は、ここへ頼みに来ることが、筋違いだと突き放す。


「あなたは、自分が岳を支えてあげられると思うから、そばにいるのでしょう」


梨那の言葉を全身に受け止めながら、あずさはじっと聞き続けた。

おそらくそういうことを言われるだろうということも、聞こえてくる内容も、

予想とかけ離れているような部分は何もない。

あずさと梨那の前に、それぞれ注文したものが置かれた。

梨那は一気に話をしたことで喉が渇いたのか、『アイスコーヒー』をブラックのまま、

ストローで吸い上げる。


「助けたいです……」


あずさの心の声が、言葉になる。


「その通りです。助けたいです。どんなことをしても、自分が出来るのなら。
知らない場所でも、知らない人にでも、『勘違いです』、『そんなことはありません』と、
何度も何度も説明して……」


あずさは、『BEANS』が横暴だとチラシを作った村田とのこと、

亡くなった妻とのいざこざから、アパートを貸さないとごねた耕吉のことなど、

今までクリアしてきたことを、思い出していく。


「説明してわかってもらえるのなら、たとえ1週間、いえ、数ヶ月かかっても、
頑張って協力したいと、本当に本気で思います」


梨那は、訴えるあずさを見ながら、膝の上に乗せた左手で、右手の指をつかむ。


「でも……今回は無理です」


あずさは、今回の内容は、自分のいる場所からはるか遠い場所で起きている出来事だと、

寂しそうに下を向く。


「だからここへ来ました。失礼は承知の上で、ここへ……」


あずさはそういうと、『ふぅ』と息を吐く。


「教えてください。梨那さんはどうしたら岳さんのために協力をしてくれますか」


あずさの声に、梨那は唇を軽く噛む。


「協力の条件ということ?」


梨那は、無言で頷くあずさを見ながら、納得するように数回頷いた。

『宮崎あずさ』という人間が、どんな人なのか、梨那の記憶にあるのは、

『リクチュール』のスーツを買う場所で、岳と言い合っていた勇ましい姿だけしかない。

今は、これが同じ人なのかと思うくらい、小さく弱く見える。



「そうね、それなら条件は一つ。あなたが岳の前から消えること」



梨那はそういうと、下を向いたままのあずさを見た。

一番ストレートであり、一番醜い言葉を、容赦なくぶつけていく。


「あなたが、相原岳のことは諦めて、東京の生活もやめる……
それなら私からも父に頼むことにするわ」


あずさだけが岳を一方的に好きならば、それでいいのかもしれないが、

梨那に別れを告げ、『好きな人がいる』と言ったのは、岳自身になる。

梨那は、自分の提案に矛盾点があることも承知の上で、あずさに迫った。


「あなたが消えても、それで自分が元の鞘に戻れるとそう思っているわけではないの。
でも、あなたがいなくなれば、動くことはたくさんある」


あずさは数秒間の沈黙後、顔をあげる。


「彼はもう一度、自分はどう生きるべきなのか、考える時間が出来るでしょう」


岳が、トラブルという現実に向き合ったとき、

あらためて人生を共にするパートナーを選びなおせると、梨那は口にする。

梨那は、ここから沈黙が続くと思っていたため、再びストローに口をつける。


「……それなら一つだけ、いいですか」

「何?」


思っていたよりも早いタイミングで、あずさの言葉が出た。



【53-3】



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コメント

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こんばんは

someさん、こんばんは

>毎日、楽しみにしてます。

そういっていただけることが、何よりも励みになります。
こんな楽しみに、お付き合いいただけること、
こちらこそ、ありがとうございます。
これからも、お気楽にお越しくださいね。