53 限界への挑戦 【53-4】

「またね、宮崎さん」

「はい」

「また来てくださいね。ランチしましょう」


何も知らない小原とほたるに手を振り、あずさは『フラワーハイツ』に戻った。

とりあえずの荷物をつくり、窓を閉める。

押入れの中には、岳に買ってもらった洋服や靴が置いてあり、

あずさはそのスカートのフリルにそっと触れる。

あの日は、お姫様になったかのような気分になれた。

楽しい買い物に、美味しい食事、夜景の綺麗な部屋で、大好きな人と一緒に、

時間を過ごした。

あずさの目は少しずつ潤み、やがて押し出された涙が、頬をつたっていく。

それでも気持ちを振り切るように、あずさは押入れの襖を閉めると、

そのまま部屋を出た。





『Pスタジオ』でのその日の撮影が終了し、千晴は外に出た。

あずさにキツイ話をした次の日だったため、

一日、顔を見せなかったことが気になりだす。

時間的には会社に戻らなくてもいいが、気持ちがそのまま帰る気にはなれなかった。

歩みはだんだんと速くなり、駅の階段を駆け下りる。

改札口を通ると、入ってきた電車に滑り込むように乗った。





午後6時、少し前。

『BEANS』の『経営企画』でも、そろそろ仕事を終えようという雰囲気が出始める。


「相原さん」


泰成は岳を呼ぶと、電話ですとそう言った。


「誰……」

「『三国屋』の広報担当だと」



『青木梨那』



岳の頭に、すぐ梨那の顔が浮かぶ。

武彦が、トラブルの回避を梨那の父、文明に頼むと決めた時から、

梨那と再会することになるかもしれないという予想はどこかにあった。

岳は『わかった』と泰成に言うと、受話器をあげる。


「もしもし、経営企画の相原です」

『『三国屋』広報の青木梨那です』


予想通り、やはり相手は梨那だった。

携帯ではなく、会社の電話という状態に、

岳はどう答えていいのかわからず、『はい』と返事をする。


『忙しいということはわかっていたけれど、話が重要なことなので連絡しました。
今日の夜、つまりこれから、時間を取ってくれませんか』


梨那は、これから会って欲しいと岳に話す。

岳はすぐにカレンダーを見る。特に急ぎの用事は入っていない。

それでも、このタイミングで梨那が電話をしてきた意味を考え、

返事のセリフが出て行かない。


「あの……」

『岳……会わないとか、会えないとか、そんなことは言わないでね。
私、あなたとの別れを、あの日受け入れたわけではないのよ』


梨那は、自分はまだ諦めていないという言葉を送り、

待ち合わせの場所まで押し付けてくる。


『今のあなたは、どういう立場なのかわかっているでしょう』


梨那の強いセリフに、岳は何も言い返せないまま、受話器を置く。

そんな様子を、まどかは不思議そうに見る。


「『三国屋』って、あの『三国屋』ですか」


電話を取り次いだ泰成に、そう疑問符を投げかける。

千晴との付き合いで、多少、岳のことも聞いていた泰成は、

『そうだな』とだけ言うと席を立った。





千晴が『BEANS』に戻り、『経営企画』の部屋に入ると、

岳の席はすでに片付けられた後だった。それでも休憩所にいるのではないかと、

行ってみるが、その姿は見つからない。


「あ……千晴」


廊下から戻ってきたのは、泰成だった。


「ねぇ、岳は? もう帰ったの?」


慌てているような千晴の問いかけに、

泰成は今日は早めに出て行ったよと、返事をする。


「早く?」

「うん……なんだか、仕事終わり前に、『三国屋』から電話があった」

「エ……」


『三国屋』と聞けば、千晴の頭に浮かぶのは梨那のことしかなかった。

千晴は、仲介役を頼まれた文明の絡みなのかと考える。


「何か……言ってなかった?」

「さぁ、俺は」


千晴はそのまま階段を駆け下りていく。


「おい! 何かあるのか!」


泰成の言葉に止まることなく、千晴は3階にいるはずの敦の場所へ向かった。

『豆風家』のフロアには、まだ数名の社員が残っている。

千晴はその中に敦を見つけたため、扉をノックした。

気付いた別の社員が開けてくれる。


「はい」

「すみません『経営企画』の川井です。相原をお願いします」


千晴の声に気付いた敦が顔を上げたため、話があるのだとわかるように、

必死に手招きをした。



「宮崎さんの番号?」

「そう……いや、あの、岳……」

「千晴さん、慌てないで話してくれないとわからないよ。
それに僕は、宮崎さんの携帯番号を知らないし」

「知らないの?」


千晴は、最後の砦だと思っていた敦の言葉に、思わず肩を落とす。


「うん……。そう言われてみたら、聞いていなかったなと。
なんだろう、兄さんがいるし、家で毎日、会えていたからね」


敦ならばと思い降りてきたのにと、千晴はため息をつく。


「だとしたら、岳の携帯……。いや、岳は今……」

「何? 何を言っているの、どうしたんだよ」

「自分のしたことに、これだけ後悔するのは初めてかもしれない」

「後悔?」

「ノーテンキな人間でも、傷つく心はあるわけだし……」


千晴のセリフを聞きながら、敦は何があったのかと、あらためて尋ねた。



【53-5】



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コメント

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No title

続きが気になって仕方ありません!!
全話読んでいますが、今回の話特におもしろいです

ありがとうございます

はんこっくさん、こんにちは

>続きが気になって仕方ありません!!

こんなことを言っていただけて、
メチャクチャ嬉しい私です。
みなさんが、少しでも楽しんでもらえたら、
私の趣味も、長く続けられるので。
全話読んでいただけているとのこと、
さらにありがたいなと思いながら、
コメントを書かせてもらっています。
これからも、お気楽に遊びに来てください。