54 心の距離 【54-1】

「そうだったのか」


岳が梨那から『たねあかし』をしてもらっている頃、

千晴は『BEANS』近くにある喫茶店で、

あずさに会社のトラブルについて、色々と話してしまったことを敦に報告していた。

今日、スタジオに姿を見せなかったのは、昨日の影響だろうと言いながら下を向く。

敦は考えるポーズを取りながら、千晴の顔を確かめた。

その不安そうな表情に、思わず笑みが浮かぶ。


「千晴さんって、おもしろい人なんだなと、やっとわかるようになったよ」

「おもしろい?」

「うん……」


千晴は顔をあげると、自分のどこかおもしろいのかと、敦に聞き返す。

敦は、昔、涼子のいる伊豆まで出かけて、わざわざ邪魔をしたことだと言った。

千晴は、あれは邪魔ではないと、自分の行動を正当化する。


「あれが、邪魔ではないわけ?」

「そうよ。邪魔をしたわけではないわ。私は忠告をしたの」


千晴は、立場を理解していない敦が悪いと顔を背ける。


「いつもうるさいことばかり言って、千晴さんなんて、
僕の生活に関わってくれなくていいよと、そう思っていたんだ」


敦は、千晴の顔を見た後、軽く笑う。


「どうして笑うのよ」

「いや……うん。でも、本当の本当に、心の奥底にある思いを、ここで白状すると……」

「うん」

「自分の中に、千晴さんが言っていたことが、全くなかったというのは、
ウソだなと……」


敦は、『相原家』というあれだけの家に入って、

何も考えたことがないというのはウソになると、あらためて話す。


「敦……」

「あ、勘違いしないでくれよ。僕は、自分が一番上になんて思ったことはない。
確かに、大学で兄さんと同じ学部に入り、勉強をしたけれど、
一緒に暮らしていたら叶わないことくらい、最初からわかっていた。
最初から相原の血を引く人と、後からおまけのように入り込んだ僕と、
一緒になるわけがないし。『BEANS』に対する思い入れも違う。
でも、嫌われないようにしよう、逆らわないようにしようとしていたのは、
それをしていたら、まぁ、人生どうにかなると、どこか思っていたんだと……」


敦は、千晴は、そんな心の奥底に沈めている気持ちを、

勝手に浮き上がらせるから困ると、コーヒーに口をつける。


「勝手に? 何それ」

「そうだよ。千晴さんが入ると、小さな話しが大きくなるし、
人前では語らなくていいはずの思いを、表面化しないとならなくなる」


敦は、『まぁ、それでも……』と、笑顔で切り返す。


「とんでもないことをするけれど、そこからまた新しい出来事が生まれてくるんだ。
千晴さんがしていることは、畑の掘り起こしみたいなものなのかも」

「畑? ちょっと敦」


自分の世界からかけ離れた『畑』という言葉に、千晴は不満そうな顔をする。


「表現だよ……うん。黙ってそのままにしているより、荒療治だけれど、
心を掘り起こしたおかげで、僕は一人立ちすることが出来た」


敦は、離れてみたからこそ、『相原家』への思いも、

変えることが出来たと、当時のことを振りかえる。


「あの時、邪魔をしてくれたおかげで、
涼子ちゃんとも、冷静に互いを見つめなおすことが出来ました」


敦は、まだ母にも話をしていないけれどと笑う。

千晴は、敦がまたあの女性と会っているのだとわかる。


「叔母さんも、反省していたわよ。自分が余計なことをしたって」


千晴は、武彦が子供たちを自由にしてやりたいと思っていることを知り、

涼子との関係を壊したことを後悔していたと話す。


「本当?」

「そうよ……いいところのお嬢さんの話しを、私があれから持っていったのに、
いいですときっぱり」


千晴はコーヒーを飲み干し、カップを置く。


「そうか……」


敦は、今度こそ、涼子との関係を母も認めてくれるかもしれないと思い、

この先への気持ちが、さらにわきあがってくる。


「畑の掘り起こしね……。となると、岳とあの子に起きているこの問題、
私、知らないふりをしていればいいということになるの?」


千晴の言葉に、敦はそうだねと返す。


「問題は簡単なことではないのよ。大手企業同士の、意地の張り合いでしょ。
だからこそ、私……」

「そうだけれど、それでもきっと、任せておけばいい気がする」


敦は、兄さんは自分や千晴が考えるほど、『無鉄砲』ではないと、宣言する。


「兄さんは変わったよ。それこそ、宮崎さんに今までのプライドとか、
こだわりとかを思い切り壊されて、その中からプラスを見つけてきた」


敦の言葉に、千晴は自分に対して、素直に礼を言ってきた岳のことを思い出す。


「そうね……そういえば」


千晴は、確かに岳は変わったかもと、何度か頷いていく。


「会社も、自分自身も『負け』にならない方法を、きっと見つけるはずだ。
なんていったって、うちの兄は、『赤いもの』でも、『青です』と言い切れる人だから」


敦は、東子がよく使うたとえを取り出し、そう返していく。


「あぁ、そうだった。あいつは悩んで沈むような人間ではなかったわ。
こっちが悩んでやって損をしたわよ」


千晴のいつもの口調に、敦はそろそろ出ようかと伝票を取った。





岳は梨那と別れて、すぐに携帯を鳴らしたが、あずさは出なかった。

おそらく出ないようにしているのだろうと思い、車をアパートに向ける。

砂利道のいつもの場所に止めると、下から窓を見る。

暗くて留守だと言う事はわかる気がしたが、確認のため持っている合鍵を使う。

扉を開くと、とりあえず電気をつけた。

静かな部屋の中は、形だけいつもと変わらないように思えたが、

押入れを開けると、そこに入れてあるはずの『スーツケース』がない。

あずさがどこに向かったのかわかった岳は、明かりを消し靴を履き鍵をかけると、

すぐに車へ戻った。



「あ、はい……わかりました。お気をつけて」


滝枝は受話器を持ったまま何度か頷き、そして戻した。

近くで雑誌を読んでいた東子が、顔をあげる。


「どうしたの?」

「岳さんからです。今日は遅くなるし、帰る時間がわからないと」

「わからない? 何それ。帰る時間も計算できない場所って……」

「……群馬だそうです」

「群馬?」

「はい」

「ははーん……」


東子は『群馬』と聞き、岳の行く場所は、ひとつであるような気がしてしまう。


「真夜中に行われるような祭りでも、二人で見に行くのかな?」


東子の言葉に、滝枝は『どうでしょうか』と微笑みながら首を傾げた。



【54-2】



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