54 心の距離 【54-4】

「夜分に、お騒がせして、申し訳ありませんでした」

「いえ……」


落ち着いた岳は、美佐と夏子に全ての事情を語った。

実際に会社でトラブルが起きていること、その解決方法、そして、梨那とのこと、

あずさが取った行動のこと。今日の夜、梨那自身から話を聞いたことまで、

包み隠さず話していく。

時刻はすでに深夜の1時近くになっていたが、美佐も夏子も黙ったまま聞き続けた。


「とにかく、今日はこんな時間ですから、うちに泊まってください。
少し睡眠を取って戻ってもらわないと、東京に戻るのに、事故にでも遭ったら、
それこそあずさが困ります」


夏子の言葉に、あずさもその方がいいと岳を見る。


「すみません、それでは遠慮なくそうさせてもらいます」


トラブルからの出来事とはいえ、岳は初めて宮崎家に泊まることになる。



「えっと……」

「何、探しているの」

「お父さんの寝巻き。新しいのを買ってまだ使っていないのがあるのよ、確か」


美佐はそういうと、あったと取り出し、あずさにお風呂場へ持っていくように話す。


「うん」


あずさはパジャマを持つと、嬉しそうにお風呂場へ持っていった。





「何がおかしい」

「だって、お父さんの足って、短いんだなと」


渡されたパジャマはやはりサイズが合わず、Tシャツで代用する。

ズボンは入ったものの、足が子供のように出ているような状態だった。

あずさは仕方がないよねと笑う。


「慌てて飛び出してきたから、悪かったな。迷惑をかけて」


そんなことはないと、あずさは首を振る。


「ハプニング大好きですから、我が家。全然平気です」


あずさはそう言いながら、岳の横に腰かける。

二人の腕が触れ、あずさは照れくさそうに笑う。


「今日……梨那と話をしながら、今までの自分の行動が、
どれほどズルくて、非情な時間だったのかと、色々考えたよ」


岳は、梨那との話の中で、正直申し訳ないと思ったことをあらためて話す。


「はい」


あずさも、小さく頷き返す。


「あずさの言うとおり、『青木会長』に仲介役をお願いするのは、
とても申し訳ない話なのに、会長も梨那も、あくまでもビジネスと割り切って、
前向きな返事をくれた。そのあたりは、あれだけの企業経営者を親に持つ女性だと、
あらためて思ったし……」

「はい」


あずさは、自分をまっすぐに見つめていた梨那の目を思い返す。


「捨て身で出かけたあずさには、辛い思いをさせたけれど、
こうしてすぐに『たねあかし』をしてくれた。だから、梨那のことを、
許してやってくれないか」


あずさは『はい』と返事をする。


「それから……もう一度しっかりと言っておくけれど、
これからも、『BEANS』が新しいものを手がけようとすれば、邪魔も入るし、
色々なトラブルが起きるかもしれない。でも、こんなことは今回だけにしよう。
あずさはそれに、いちいち悩まないようにして欲しいんだ」


岳は、そうしてくれないと、遠慮して話せなくなると忠告する。


「あずさに話せば、また全力で悩んでこんなことをするかと思うと、
こっちも語れなくなるだろう。君はただ、聞いてくれたらそれでいい。
『肩もみ』をしていた時のように、俺が仕事に気持ちを向けられるよう、
フォローしてくれたら、それで」

「……はい」

「仕事の相談は、敦にも出来るだろうし、うちには優秀な社員が揃っている」

「はい」


あずさは岳の話を聞きながら、今回、たった半日ではあったが、

忘れてしまうことの難しさを十分に味わっていた。

頭では会わなければいいのだと思っても、心は勝手に叫び声をあげ、

涙やため息という形に変わり、体から出て行こうとする。

あずさは、また同じ思いをするのは絶対に嫌だと考え、岳の腕をつかむ。


「でも、心が疲れたとき……癒してくれるのは、あずさしかいない」


岳は、あずさを引き寄せる。


「たかが肩こりだと切り捨てていたら、心も乱れてくると教えてくれたのは、
あずさだろ」


岳は、あずさの髪に触れながら、最悪の事態を回避したという思いに、浸っていく。

見詰め合った視線の中で触れた唇に、自然と『その先』を互いに期待してしまう。

岳の唇が、あずさの首筋に向かい……


「あ……ダメ! 今日は無理です……ここ……」


あずさは岳の耳元に向かって、必死に訴えた。

岳の動きが止まった瞬間、その腕からなんとか外れ、

居間の奥にある部屋から出ようとする。


「ダメですよ……この部屋、襖なんですから。廊下の先には夏子さんがいます」


あずさは、まわりに聞こえないような小さな声を出した。

岳は、慌てているあずさを見ながら、思わず微笑んでしまう。


「そうか、ダメなのか。俺は、あずさも一緒に寝るのかと……」


岳の言葉に、あずさはシーッと指を口の前に置き、

岳も合わせるように同じ仕草をする。


「それなら明日、『東京』に一緒に帰ろう」


岳の言葉に、あずさは『はい』と頷いた。





次の日の朝は、あずさの父が岳の登場に驚きながらも、嬉しそうに言葉を交わし、

自分のパジャマが役に立ったことを喜んでくれた。

美佐は、『同じ人間の姿ではない』と、足の短さを笑ったが、

夏子は、足の短さは、一生懸命に働いた結果だと、妙なセリフをそこにつけていく。


「でも……あずさ。会社に『退職願』出したのでしょう」


美佐の言葉に、あずさは頷いた。

岳は、その会話を、箸を動かしながら聞いている。


「それは撤回できないから、向こうに戻って仕事を捜すことにする」


隣に座る岳が頷く姿が見えたので、あずさは横を向く。


「自分で探しますから」


念押しのような言葉に、岳はあずさを見る。


「わかっている、自分で決めたらいい」


岳は、一緒に探しますし、生活に困るようなことにはしませんからと、

美佐や夏子に告げると、それから30分後、『宮崎家』を出ることにした。



【54-5】



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