55 最高の演出 【55-3】

「同じものって……小原さんは……」

「まぁ、落ち着いて聞いてよ。私は、主人が早期退職をすることになって、
二人で色々と話しをした結果、マンションを売って、ちょっと田舎に越そうかなと、
そう考えていたのよ。前に話しをした娘も、自分の道を歩き出したし、
あとは、自分たちの余生でしょう」


小原は、あくまでも自己都合で『退職願』を出したのだと話す。


「そうしたら、花輪さんのテーブルにこれがあって。
私、宮崎さんだとは知らなかったから、『あぁ、誰か別の人も……』と、
ただ、そう思ったのに。花輪さんったら、いきなり立ち上がって、
『君たちは……』って、怒り出したのよ」


あずさと同じ日に、偶然小原が退職願を出したことで、

花輪は、『アカデミックスポーツ』にいたメンバーが、自分に逆らうのかと、

取り乱したという。


「驚いたのは私のほうよ。いつも冷静な花輪さんがさ、何をと思ったら、
宮崎さんが少し前に『退職願』を出したって言うじゃない。それはと思って、
理由を聞いたら、『自分勝手に言いたいことを言ったって』」


小原は、今思い出しても笑えるくらい、花輪が慌てていたと、口元を動かす。


「評価してもらうつもりだったけれど、どうでもよくなったとか、
人をバカにしているだの、なんだのって、イライラしているのよ。
だから私ね、言ったの」


小原は『アカデミックスポーツ』時代から、

使い続けられている『ありがとうカード』をじっと見る。


「宮崎さんという人が思い切るときは、誰かのために頑張っている時だって。
彼女には不思議な力があって、最初は合わないと思っても、どうしてなのか、
いつのまにか引き寄せられているんですよってね」


小原は、両手で糸を引っ張るような仕草をしてみせる。


「私がこれを出すのは、個人的な理由ですと、引っ越しをすることも話して。
そうしたら花輪さん、『反乱』ではないと思ったのでしょう。
少し落ち着いて、私に、これを渡してきたの」


小原は目の前のあずさが出した『退職願』に触れる。


「『アカデミックスポーツ』の管理担当……つまり私が抜けるのなら、
そこをしばらく埋めるように、言ってくれないかって」


小原の代わりに、あずさに仕事をするようにと、花輪が言ったと教えてもらう。


「私が……ですか」

「そうよ。花輪さん、『退職願』というのは、退職をしますけれど、
どうでしょうかという伺いなんだってそういってね。
まぁ、ようするに、まだ退職は決定していないと言いたいのでしょう。
自分に言いたいことを言って、気に入らないと言ってやめようとする宮崎さんが、
許せないのかも。そもそも、自分が宮崎さんだけを勝手に、
別の場所に異動させたくせにね」


小原は、そもそも3人同じ場所で働けるはずだったのにと、口を尖らせる。


「頼みごとがあるのなら、自分でもう一度話し合いに呼べばいいのに、
それもまた出来ないのよ、妙なプライドがあって」


小原は、面倒な人間よねと渋い顔をする。


「全国に広がっている『アカデミックスポーツ』の管理は、
私とほたるちゃんでこなしてきた。そして宮崎さんが来てくれて、
アイデアもあれこれあって。だから、宮崎さんに頑張る気持ちがあるのなら、
これからは宮崎さんが私の代わりに、仕事を続けて欲しいの」


小原は、『もういや?』と、あずさの顔を覗き込む。


「宮崎さん、元々は群馬のジムで受付をしていたのだから、
ううん、誰よりも『アカデミックスポーツ』を愛してくれていたのだから、
出来るはずよ、絶対」


小原は『はい』と言いながら、『退職願』をしまうように押し出してくる。


「でも……」

「何?」

「確かに私、花輪さんに色々と言いました。もうやめようと決めていたので」

「うん」

「いつもいつも、私には『BEANS』がついているみたいなことを嫌みで言ってきて、
守られていていいなとか……あ……そうです。
最初から組織に入れて出世できるのはいいなって、
岳さんや敦さんのことをバカにするような態度も見せられて。
腹が立って、『あなたは復讐をしているのか』って」

「復讐?」

「はい。若い頃に花輪さん、『BEANS』の入社試験に落ちたそうです」


あずさの言葉に、小原はそうなんだと頷いていく。


「私、言いたいことを散々言いましたから……。
確かに、『アカデミックスポーツ』の仕事が出来たら嬉しいですけれど、
これで戻ったら、また嫌みを言われるのではないかと……」


あずさは、それを考えるとと歯切れの悪い返事をする。


「いや……きっと図星だったのよ。だからあれだけカリカリしていたんだ。
全く子供よね。宮崎さんにこのまま辞められて、
自分を悪く言われるのも嫌だと思っているのだから、
知らん振りして仕事をすればいいのよ」


小原は、花輪自身がこのままあずさに辞められると悔しいのだからと、

気持ちの分析をする。


「自分はそんなことで色々言っているわけではないって、
認めさせたいのよ、きっと」


小原は、最終的にはあずさが決めたらいいけれどとそう話し、

サンドイッチを食べ進める。


「勤めてあげるかどうか、宮崎さんが決めたらいいのよ」


小原の言葉に、あずさは小さく頷いた。





小原の話しを聞いてから、あずさが友華に連絡を入れると、

やはり、『退職願』のことは何も聞いていないようで、

先輩の京子も、有給を取っていると思っていることがわかった。

『ウインド・ウーマン』の撮影も順調に進んでいて、

現場には花輪や別の社員が交代で顔を出しているという。

あずさは、戻ってきた『退職願』を見ながら、どうするべきかと思いながら息を吐いた。





敦と現場の視察を終えた岳は、そこから一人、『青の家』に向かい、

庄吉のベッドの横に座った。

庄吉は、会社のトラブルが無事解決したこと、岳が社員たちと、

より一層絆を深めたことを武彦から聞いたと話し、よくやったと手を握る。


「お前が、広い視野を持ち、仕事が出来るようになったと聞いて、
私は本当に嬉しかった。幼い頃から、何をやらせても出来てしまうし、
迷いもなく突き進んでいるように思えて、それが逆に、怖くもあったからな」


庄吉の言葉に、岳は、まだまだ未熟なところがたくさんありますと返す。


「それは当たり前だ。お前も社員たちと一緒に、成長すればそれでいい」

「はい……」


岳は、庄吉が握ってくれた自分の左手を見る。


「おじいさん、今日は大事な話があってここへ来ました」

「大事な話か。また新しい計画でも立てたのか」

「いえ……仕事のことではありません」


岳はそういうと、一度大きく息を吐く。

庄吉は、どこか緊張している岳を見ながら、こんな状況は初めてだとそう思う。


「あずさに……『結婚』を申し込もうと思っています」


岳は、あずさにプロポーズをするつもりだと、庄吉に宣言した。

庄吉は、一瞬驚いたものの、すぐに嬉しそうな顔をする。


「そうか……」

「はい。今まで……自分が生きてきた中で、一度も結婚について、
必要性を感じたことはありませんでした。仕事で評価されること、
誰よりも前にいることばかりを考えていたので。
だからでしょうね、家を出ようとしたことも、
やることが増えるだけなので一度もありません」

「うん」


庄吉は、今までの岳ならばそうだろうと、頷いていく。


「それならば、どうして急に」

「あずさだからです」


岳は、あずさと会って、好意を持つようになり、

初めて『守りたい』という感情が生まれたと説明する。


「一生懸命だけれど、どこか危なっかしくて。
ポイントがずれていたり、出来事をさらに大きくしてしまうこともあったり。
でも、それがまわりの人たちを、笑顔にすることが出来る。
今のままの……そのままの彼女を、ずっと守ってやれるのは、
自分しかいないだろうと、そう思うようになりました。
あずさを守ることが、自分の人生の中にも必ずプラスになると、
確信が持てたのかもしれません」


岳は、そういうと、おじいさんのおかげですと、小さく頭をさげる。


「私がか……」

「はい。おじいさんが、あずさとの出会いを作ってくれました。
それが玉子さんからの流れだと思うと、自分も、これからやるべきことが、
見えてくる気がして……」


庄吉は、『橙の家』で初めて会話をしたあずさのことを思い出し、

同時に、はるか昔、互いに気持ちを寄せ合った玉子のことを思い出す。


「そうか……」

「はい」

「あずささんは、受けてくれそうか」


庄吉は、どうなのかという顔で、岳を見る。


「驚くでしょうが、受けてくれると……信じています」


庄吉はベッドから立ち上がると体を動かしたので、岳はそばに車椅子を置こうとする。


「大丈夫だよ、まだまだ自分で、椅子には座れるから」


庄吉はゆっくりだがしっかり立ち上がると、少し雲の広がる空を見る。


「そうか、岳があずささんと……」


庄吉は、そういうと『うん』と声に出す。


「それならば、私が代表で、しっかりと聞いていかないとな。
玉子さんにも、ご主人の一郎さんにも、それから梅子にも、話しが出来ない」


庄吉の言葉に、岳は『はい』と返事をする。


「人は、人とつながっていくのだな……」


庄吉の言葉を聞きながら、岳も一緒に空を見た。



【55-4】



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