55 最高の演出 【55-5】

「そうなのですか」

「あぁ……岳があずささんに『結婚』を申し込むそうだ」


その頃、『青の家』には、運転手の小野が尋ねてきていた。

庄吉も気分がいいと言いながら、ソファーに深く腰掛ける。


「『結婚』ですか、いやぁ……正直、驚きました。
確か、あずささんが東京にいらしたのは、去年の秋でしたよね。
こんなにうまくお話しが進むとは、思いませんで……あ、いえ、
会長は思っていたというのが正しいですか?」


小野は、庄吉があずさを東京へと望んでいたことを知っていたため、

あえてそう言い返す。


「いやいや、あずささんに相原家に来て欲しいと願ったのは、
あくまでも彼女が素敵な女性だと、感じたからだ。
玉子さんから影響を受けた私のように、違った環境にいた人との関わりが、
岳や敦に刺激になればとは思ったが、その先の気持ちまでは予想できない。
あくまでも本人たちがお互いを見て、惹かれたのだから」

「はい」


庄吉は、自分の手をさする。


「私が玉子さんと出会ってから、もう70年以上が経っているんだな。
まさかこんなふうに動いていくとは、思いもしなかったが」

「はい……」

「小野」

「はい」

「私も見届けた……という思いを、近頃は持つようになった」

「会長……」


小野は、庄吉の穏やかな顔を見る。


「会長、何を弱気なことを、おっしゃっているのですか」


小野は、『まだまだですよ』と、庄吉の膝にケットをかけた。





あずさと岳は、予約をした店に入り、コースの食事を楽しむことにした。

さすがにソースにこだわる『フランス料理』だけに、予想できない味と、

美味しさがあずさの気持ちを、さらに上昇させる。

岳は、嬉しそうに食べ進めるあずさを見ながら、

どのタイミングで切り出すべきかと、その表情を確認した。

『BEANS』のトラブルから、自分をかばうために、仕事を無くしてしまったあずさだが、

話しを切り出すと驚きが先に出てくるものの、そのあと笑顔で受け入れてくれ、

さらに、これから、自分のそばにいる姿を想像する。


「こういったものは、マネして作れるものではないですね」


あずさは、ソースも残さないように、ナイフを使う。

岳は、現実に顔をあげる。


「まぁ、シェフたちは長い間修行しているわけだから、簡単には盗めないだろうな」

「そうですね」


あずさは、ナイフとフォークを置く。


「美味しいものを食べると、人はまた、明日から頑張ろうと思えるから不思議です。
どんなに疲れていても気持ちは上向きになりますし。
あ、そう……、相原家にいたときには、あの坂道を登りながら、
滝枝さん、今日は何を作ってくれたのかなって……いつも思っていて」


あずさは終わった皿を下げに来たウエイトレスに、軽く頭を下げる。

二人の前には、少し広めの空間が出来た。


「一人暮らしを始めてから、滝枝さんの料理。思い出して自分で作ってみるのに、
少し違うんです。今度また、教えてもらいに行こうかな」


あずさはそういうと、『また忙しくなるかもしれないし』と、小さく声に出す。

その声が岳に届いていたら、どういう意味なのか聞き返したのだろうが、

この時の岳は、そこに気持ちが向いていなかった。


「あずさ……」

「はい」


この後はデザートが来て、そしてコーヒーという順序になる。

何も知らないあずさは、岳が何を言うのかと、顔をあげた。

岳は、緊張する気持ちを整えようと、一度息を吐く。


「どうかしました?」


あずさは、やはり今日の岳は違うと感じながら、言葉の続きを待つ。


「今日は、群馬の帰りに話していたことを、伝えるつもりで来た」

「群馬……何か……あ、そうでした、新しい提案ってあれですね」


岳は、あずさの言葉に、小さく頷いていく。


「岳さん……実はあの……」

「話しを聞いてくれ」


岳は、また自分の提案ならば結構だとあずさが言い出す前に、あえて発言を止めた。

ここから話すことは、右から左に流せることではないと、目を合わせていく。

あずさも、ここは口を挟むべきタイミングではないとわかり、

その目に自分を写そうとする。


「あずさと出会う前は、自分にとって意味のないことだと思っていたんだ。
仕事が何よりも優先だったし、それで評価してもらうことが生きていくことだと、
考えていたから……」

「……はい」


あずさは、仕事のことしか考えていない、出会った頃の岳を思い出し、

小さく頷いて見せた。今、岳が『何について』話そうとしているのか、

わからないところもあったが、とにかく聞くべきだと、前を見続ける。


「でも……自然と気持ちが変わっていた。今はそれだけではないと、
そう思えるようになって、あずさとなら、もっと色々なものが見えてくると、
考えるようになった。埼玉の分譲地を見ながら、隣に立つあずさを見ていたら、
本当に自然と、気持ちが動いて……」


岳は、自分を見つめるあずさを見る。



「俺と……結婚して欲しい」



予想外の展開に、あずさは口を開けただけで、しばらく声が出なかった。





『プロポーズ』の3日後、





あずさは、杏奈と『ピエロ』にいた。


「エ! エ! ちょっと、ねぇ」

「杏奈、声が大きい」

「いや、あずさ、あんた頭がおかしくなってしまったの? いや、
いや、だって……」

「落ち着いて」


あずさは『ピエロ』の中で、明らかに一人興奮している杏奈を見ながら、

まわりの人が見ているからと、座らせようとする。


「いやいや、落ち着けるわけがないでしょう。
『プロポーズ』断ったって、どういうことよ」


杏奈の声に、そばにいた広夢も、いささか声が大きいと注意した。





【ももんたのひとりごと】

『フランス料理』

パスポートのない私は、もちろん行ったことはありません。
結婚式に出てくるような、大きなお皿の上に何やらソースのかかったものがある……
これが私のフランス料理知識です(笑)。とにかく特別感があるんですよね、
『フランス料理』って、家で作ろうとするものではない気がするので。
日本の『カニカマ』がフランスでは『スリミ』と呼ばれて大人気だそうですね。
伝統の料理文化に、認めてもらえる日本製品があるなんて、ちょっと嬉しいな。




【56-1】



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