56 そのままの二人 【56-2】

東子は、両親が揃う部屋の扉をゆっくりと閉め、旅行のことは何も言わずに、

とりあえず自分の部屋に戻ることにした。頭に浮かぶ『岳とあずさ』の顔を

振り払うように一度ベッドへ入ったものの、すぐに勢いで布団をはがす。


「ダメ! こんな話、黙っていられるわけがないでしょう」


東子はそういうと携帯を取り出し、敦あてにメールを打ち込んだ。

話題はもちろん岳のことになる。



『岳があずさちゃんにプロポーズしたんだって。でも、あずさちゃんは、
まだダメって言ってしまったみたい。いやぁ……驚き。ねぇ、どう思う、敦』



東子のメールを受け取った敦は、車の鍵を下駄箱の上に置いた。

メールの送信先が、自分だけでなかったことに、ため息をつく。


「どう思うって、あいつ……よりにもよって、誰に送っているんだ」

「どうしたの、あつくん」


敦が玄関でつぶやいたため、涼子はどうしたのと心配そうな顔をする。


「あ、うん。東子だよ、東子。なんであいつが知っているのかと思って」


涼子はリビングに荷物を置く。


「東子ちゃんって、妹さんだよね」

「そう……」


敦は、同じようにリビングに入ると、携帯をテーブルに置く。


「何を知っていたの?」

「ほら、兄さんのプロポーズの話。それも今だよ、メール」


敦は、そう言いながら上着を脱ぐ。


「お兄さんが話したということはないの? あつくんのところに来てくれたわけだし。
家に戻ってから説明したとか」


涼子は兄妹だからと、意見を言う。


「いや……東子の耳に入れるなんて自爆的なことを、あの兄さんはしないと思うけれど」


東子はとにかくおしゃべりだからと、敦は口の前で手を動かしてみせる。


「まぁ、いいか。なんだか賑やかで」

「何? それ」


敦は、上着をハンガーにかけるからと言った涼子の手をつかみ、自分の方へ引き寄せる。


「何それって……それが相原家の兄妹なんだ」


少し驚きながらも嬉しそうな涼子に微笑みかけると、二人の唇が優しく重なった。





「は?」


東子のメール相手は、敦の言うとおり、他にもいた。

千晴は『カウポルネ』で泰成とお酒を飲みながら、そのメールを見る。


「急にどうしたんだよ、何かあった?」

「あったといえばあった。やだ、これ本当かな」


千晴は、スタジオで何度か会ったあずさの顔を思いだすと、携帯を横に置く。

残したカクテルをその場で飲み干すと、もう一度文面を読み直した。

泰成は、隣からその内容をのぞき込もうとする。


「やめてよ、人の携帯をのぞくのは。プライバシーの侵害」

「なんだそれ」

「なんだそれって、言った通りよ。いくら私が『BEANS』のお荷物だとしても、
企業の株の価値を下げるようなことは出来ないわ」

「株の価値?」


千晴はそろそろ帰りましょうと席を立つ。

泰成は、『帰るのか』という驚きの顔を見せる。


「何その顔。久しぶりに飲むことにしてあげたのでしょう。その先はありません、
今日は帰ることにします」


千晴は携帯をもう一度見た後、嬉しそうにバッグにしまう。


「あまりにも、送られてきたメールがおもしろかったから。
これが事実かどうか、これからどうなるのか、情報収集しないと」


千晴は『じゃあね』と泰成に軽く手を振り、腕にかけたバッグを軽く揺らす。

泰成は、そんな気まぐれな千晴の、楽しそうな後ろ姿を見ながらあきれ顔になるが、

すぐに笑っていた。





「この『相原岳』を手玉に取るとは、いやぁ……すごい」

「どういう言い方だ」


東子が、思いがけない情報を、黙っていられないくらい興奮し、

千晴と敦にメールを送り届けていた頃、自分のことが話題になっているとは知らない岳は、

仕事を終え、悟を誘い久しぶりに食事をしていた。

お酒が入ったこともあるが、自分の『プロポーズ』に対するあずさの返事が、

あまりにも予想外だったこと、それでもそれが『あずさらしい』とも思え、

話しをすることになる。


「最初は、頭が真っ白になった。断られるとは思って……あ、いや、
断られたわけではないんだ。『あらためて』と言われただけで」

「あらためてねぇ……」


悟は『拒絶されたわけではない』と言い切る岳の姿に、笑みを浮かべ、

ワイングラスを軽く揺らすと、口につける。


「仕事のトラブルに巻き込まれて、『ザナーム』に『退職願』を出したから、
また東京で仕事を探すのなら、もうそんなことはしなくていいのではないかと、
俺自身が思えてきて。あずさにとってもそれがベストだろうと、考えていたのに。
あいつの思いは、全く別だった」

「うん」

「私は『アカデミックスポーツ』で、もう一度頑張りたいですって……、
そう訴えてきて」


岳は、あずさが東京に来てから、自分の肩を揉む仕事を作ったこと、

スタジオを貸し出したこと、コンサートを開いたことなど、出来事を思い返す。

いつも誰かのために動き、それが結果的にあずさ自身のためになっていた。


「『アカデミックスポーツ』など、付録のようなものだと思っている花輪という上司に、
会社をきちんと認めてもらいたいと、あらたなる決意表明までされた」

「うん、うん……」


悟は、あずさのことを話す岳の顔が、時々悔しそうになるのを見ながら、

またワイングラスに口をつける。


「人が、一生懸命に考えてきた『プロポーズ』に対して、それか……と思ってさ、
いいか、普通に考えてみろと言ったけれど、内心、まぁ、また押し切られるなと、
思っていたりして」

「お前が押し切られるわけか」

「あぁ……あずさの考えには正統な理論がないんだ。とんでもない話しだからさ、いつも。
理論がないというのは、本当に厄介だぞ。急所が無い」


岳はそう言うと、ワインを一口飲む。


「でも、熱心に訴えられると、きっとそうなるのだろうなと思ってしまうんだ……俺が」

「は?」

「今までも、何かが起こるたびに俺が反対して、正論をつきつけてきたけれど、
結局、あずさの目指したい方へ動いていたし」


岳は、自分自身も、あずさの強引な提案を、

形にしてやりたくなると少し笑みを浮かべる。


「岳……」

「ん?」

「お前、のろけているだろう。なんだよ、バカバカしくなってきたな、この時間が」

「どういう意味だ」

「いやいや、いいんじゃないかな、人間らしくてさ、お前が」


悟は、『宮崎あずさ』という女性が、岳自身を魅力的に変えていると言い、

グラスを顔の前に出す。


「結婚なんて、いや、女性とまともに付き合うことだって、
それほどのことじゃないと思っていたお前がだよ……。『そばにいてほしい』と、
思える人に出会えたわけだ。それだけですごいことだよ」


悟は、自分の言葉に納得するように数回頷く。


「岳、お前の『プロポーズ』は正解。彼女だって内心は喜んでいるよ。
断られたわけでも、何でもないじゃないか。世にも珍しいプロポーズと、
その返事だっただけで……」

「世にも珍しいって……」

「『結婚』なんて、形に過ぎないんだよ。お前たちはちゃんと理解しあっている。
それで十分だろう。いつだって出来るさ」


悟の言葉に、岳は小さくうなずく。


「よし、それなら……」


悟は、『あらためて乾杯』というと、つまみが美味しかったのでと、

ウエイターに向かって手をあげる。

岳は今頃、あずさは何をしているだろうかと考えながら、そばにあるメニューを見た。



【56-3】



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