56 そのままの二人 【56-4】

「と、こんなふうに……」


通販事業部にいる京子は、

来年度に向けて新しく擦りなおされる通販のパンフレットの見本を開き、

目の前に座る花輪に見せた。花輪はそれをチラッと見るだけで、別の書類を上に置く。


「おもしろいですよね、『ザナーム』の商品を購入すると、
『アカデミックスポーツ』の体験チケットがもらえるなんて」


京子は、こういったおまけがあると、女性は『無料』に弱いから、

体験する人も増えるのではないだろうかと、花輪の見ている書類の下から、

パンフレットを引き出していく。


「無料だからと来る客ばかりがあふれたら、面倒なだけだろう」


花輪は、どうしてそんな意見が上の人間に通ったのかと、首を傾げた。

京子は、言葉とは裏腹な思いで、花輪があずさを見ているのではないかと考える。


「宮崎さんって、元々、群馬のジムから東京に来たってお聞きしましたけれど」

「あぁ……『BEANS』の会長が、そう頼んだらしい。
全く、人事をなんだと思っているのか」


花輪は、お仲間意識で会社を経営するから、持ち逃げなどに気付かないのだと、

そう批判する。


「まぁ、仲間意識はあるかもしれませんけれど、それがまた
『アカデミックスポーツ』の魅力だと、花輪さんも感じられたのではないですか」


京子は、そういうと花輪の顔を見る。


「『KIRATTO』の話しも、ここまで流れて来ていますよ。
花輪さんがいよいよ仕掛けていくのかと、みんなであれこれ、」


『KIRATTO』ととは、出産を終えた女性が、ダイエットをするために、

ジムへ通うプログラムのことだった。目標を決めて、コースを選ぶようになっている。

それが『アカデミックスポーツ』に対する花輪の提案であることも、京子は知っていた。


「『アカデミックスポーツ』は残す価値があると、花輪さんが思ったからこそ、
出てきた企画ですよね」


京子のセリフに、花輪は黙ったまま椅子を少し回転させた。

花輪の背中が、無言で訴えかけてくる。

京子は、触れて欲しくないのだろうと思いながら、思わず笑みを浮かべる。


「すみませんねぇ、年ばかり取って勤務が長くなると、口だけがおやかましくて」


京子はそう言いながら、スタッフのデータを持ち、持ち場についた。





「あらまぁ、色々と」

「そうなの。滝枝さんにね、この間料理を教えてもらいに相原家に行ってきて」


クリスマスというイベントも過ぎ、あずさは年末に群馬の実家へ戻った。

美佐は、あずさが滝枝に教わったことを書いた手帳を見る。


「あら……これ、お母さんも教わりたいくらいだわ、色々と」


あずさはイラストを加えながら、滝枝の説明を具体化していた。

美佐は、話に出てきた滝枝の姿を、なんとなく想像する。


「まぁ、あずさにはお母さん、手抜き料理しか教えていなかったし」

「それはそれでいいよ、手抜きで時間短縮も立派な家事だし」


あずさはそういうと、玉子の仏壇に手を合わせていく。


「仕事はどう? なんだか元の場所に戻れるようなこと、電話で話したけれど、
それからどうしたのかって、気になっていたのよ」


美佐は手帳を閉じると、あずさの前に出す。


「うん……『アカデミックスポーツ』の担当に戻れて、今は本当に充実している。
ジムとのやり取りも覚えたし、発注のことは、『ザナーム』が入っているから、
前みたいに時間を取られないでしょ。より一層、みなさんに喜んでもらうためにはと、
アイデアを出してみると、それが通ったりして」


以前ならPCだけしか見ていなかったほたるも、あれこれ考えていると、

あずさは楽しそうに語る。


「そう……」


美佐は、『無職にならずによかったね』とこたつの上にあるみかんに手を伸ばした。

あずさは『うん』と頷いていく。


「仕事は順調だから、これからは料理のレパートリー頑張って増やさないと。
どんどん遅くなるし」

「遅くなる? 何が」

「結婚……」


あずさから出てきたセリフに、美佐は飲み込もうとしたみかんの房を、

思わず吐き出しそうになった、


「結婚? 何、それどういうこと」

「どういうことって、岳さんを待たせているから」


あずさは、群馬から東京に戻った後に、『プロポーズ』をしてもらったことを、

美佐に初めて話した。美佐は目を丸くしたまま、娘の話しを聞き続ける。


「『アカデミックスポーツ』の仕事に、戻っていいと言われた次の日だったの。
だから、仕事をおろそかにしたみたいに言われたくなくて、つい、
『今は無理です』って、私、そう言ってしまって」

「……うん」

「杏奈に怒られちゃった。普通、そこは『はい』と受け入れておいて、
結婚の時期とか、色々と考えるものだって……」


あずさは驚きのまま返事をしてしまったからと、自分の態度を振り返る。


「で、岳さんは……」

「岳さんもそういう展開になると思っていなかったのか、驚いていたけれど、
最終的には認めてくれた」


あずさは、それからも変わらず会っているから心配しないようにと付け加える。


「本当に『プロポーズ』されたの?」

「エ? やだ、されたわよ、ちゃんと」


あずさは、私の勘違いではないとしっかり主張する。


「いや、あずさ。岳さんが待っていてくれるって、きちんと聞いたの?」

「聞いてはいないけれど、きっと……」


あずさの言葉に、美佐は『大丈夫だろうか』と声に出していく。

遅れてコタツに入ってきた夏子は、『待たせておけばいいよ』と楽しそうに笑い出す。


「お母さん、どうしてそう無責任なことを……」

「無責任じゃないよ。そこら辺の娘ではなくて、うちのあずさだよ、
お待たせするくらいで十分」

「お母さん……」


美佐は夏子の言葉に、不満な表情を浮かべていく。


「大丈夫だよ、お母さん。私も保留にしてしまったあとは、ちょっと迷ったけれど、
岳さんはそんなに心の狭い人じゃないから。私という人間を、ちゃんと理解して、
そして……」



『あずさ……』



「そのままを認めてくれているから」


あずさは、そういうと満足そうな笑顔を見せる。

夏子と美佐は、岳の姿を思い出し、にやついているあずさの顔を見た後、

互いに顔をあわせる。


「仕事がどうのこうのなんて、そんなこと言っていたら、どこで区切るのよ。
それならこのままでいいやって、思われるかもしれないのに」

「大丈夫、そうなったら私が『プロポーズ』するから」

「……は?」

「そろそろそちらに行きますよって……プロポーズするから!」


あずさの言葉に、夏子は『それでいい』と大きく頷き、みかんの皮をむき始めた。



【56-5】



コメント、拍手、ランクポチなど、お待ちしています。(@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪

コメント

非公開コメント