56 そのままの二人 【56-5】

「へぇ……そうなんだ」

「あぁ。東子が余計なことを言ったから、滝枝が心配してさ。
この間、あずさがうちに来たとき、料理を教えながらコソコソ話していた」

「コソコソ?」

「そう……」


あずさが群馬の実家に戻っている頃、岳は敦のマンションへ来ていた。

今年は二人で年越しをしようと、敦が声をかけてのことになる。


「俺は気難しそうだけれど、本当は優しいだとか、
あずさは色々滝枝から言われたらしい。そこであずさが仕事のことを話して、
申し込みを断ったわけではないことを、あらためて伝えたと……」


敦は滝枝は自分たちにとって、祖母みたいなものだからねと、グラスに氷を入れていく。


「そうだな……」


岳は、いつも優しく見守ってくれた滝枝の姿を、思い返した。

母が亡くなったとき、浩美が入ることが決まり武彦との距離が開く気がしたとき、

そばにはいつも、滝枝の姿があった。


「……となると、兄さんたち、来年はどうにかなるのかな」


敦はそういうと岳を見る。


「『アカデミックスポーツ』も、新しい企画がスタートするらしいし、
宮崎さんも、仕事に慣れてきたみたいだし……。滝枝に料理を習うあたり、
そんな感じでしょう」


敦の言葉に、岳はそれはどうだろうかと、笑い出す。


「頼むよ、兄さんがきちんとしないと。弟としてはスタートが切れないわけで」

「おい、人のせいにするな。いいぞ、抜いても」

「嫌だよ。年齢差があるだろう、僕達には」


敦は、涼子とはもう少し自由に会っていたいからと言いながら、

つまみをもう少し出すよと、冷蔵庫の前に向かう。


「敦……」

「何」

「お前、彼女に会わせろよ、東子がぼやいていたぞ。何も教えてくれないって」


岳は、庄吉からは素敵な女性だと聞いているけれどと、グラスに口をつける。


「兄さん、僕が東子に言うと思う? あいつ、前にここへ呼んでやったら、
部屋の中をウロウロして。これは誰のだ、誰かが来るのかって、
ものは僕のだと説明しても、うるさくてさ」


敦は、東子にだけは会わせたくないと、首を振る。

岳もそれはそうだなと頷いた。


「あ、そうそう……涼子ちゃんが心配していたんだ。
兄さんが『プロポーズ』を保留にされたこと。僕が笑いながら話したら、
すごく怒って。だからさ、二人の結婚が決まったら、4人で会えばいいよ」

「先に会わせろよ」

「どうしようかな」


敦のはぐらかすような態度に、岳はそばにあったクッションを投げつけた。





そして、季節は3月。

『Sビル』は完成し、内装も終了となった。

契約者が入ってくるまで、最終点検など残されてはいるが、

地下に新しいスタジオを構え、その上にくつろげる喫茶店を備えた造りは、

『BEANS』の本社ビルがある場所の住む人たちの、期待の視線を浴びていく。


「名称はそのままなのか」

「はい。色々候補は上がったようですが、結局」


武彦は、『青の家』に向かい、完成した『Sビル』の写真、

そしてモデルルーム公開が始まり、大盛況だった埼玉の分譲地の写真を、庄吉に見せた。

庄吉は、『Sビル』全ての部屋の契約が終了していること、

『紅葉の家』も抽選になるくらい希望が募っていることを喜び、

スタッフをねぎらってやるようにと、武彦に告げる。


「はい……『Sビル』は、何やら、『オープニングコンサート』を、
開く予定があるようです」

「おぉ……そうか。前にお別れのコンサートをしてくれた人たちと」

「はい。そこにトランペットの方もお誘いしたと、岳が」

「トランペット……あぁ、村田さんか。そうかそうか」


庄吉は『それはよかった』と満足そうに笑顔を見せる。


「武彦」

「はい」

「それならば、岳をここへ寄こして、話しをさせてくれたらよかったんだ。
お前も忙しいだろう」


庄吉の言葉に、武彦の口元が、少しだけ動く。


「いえ……今日に関しては、岳の方が忙しいかと」


庄吉は、どういう意味だろかと首を傾げる。


「今朝、クラリネットを持って岳は出かけました。『Sビル』が完成した姿を、
あずささんに見せる予定だと、そう言っていましたから」


武彦は、『誰よりも先にです』と笑ってみせる。


「誰よりも……」

「はい。岳なりに考えているのでしょう」


庄吉は、岳がもう一度、あずさにプロポーズをするつもりなのだと思い、

そうなのかと同じように笑顔になる。


「また、『今はまだ』と言われたらと思うと、親としては少し心配ですが……」


武彦は『まぁ、今回はないでしょう』と話しを終わろうとする。


「そうか……」


庄吉は、いい話しが聞けたらいいなと、『Sビル』の写真をあらためて手に取った。





あずさは仕事を終えると、岳に言われたとおり、『Sビル』へ向かった。

立ち入り禁止の表示があっても、

そのまま地下に降りてくれば、鍵を開けておくと言われていたため、

ビルの脇にある階段を下りていく。

扉をゆっくり開くと、新しいスタジオの中に、岳の姿があった。


「岳さん」

「うん……」


あずさは『ここが新しいスタジオなのですね』と、周りを見ながら、

これから、ここで演奏をしたり歌を歌ったりする人たちのことを思い浮かべる。

『アカデミックスポーツ』が管理していた、『リラクションルーム』での出来事も、

鮮明によみがえってきた。

あずさの姿を見ながら、岳は横に置いてあったクラリネットを取ると、

そこから曲を吹き始める。



『Just The Way You Are 素顔のままで』



あずさにとっては、憧れた先輩との思い出の曲であり、

さらに、岳から初めて気持ちを打ち明けられた時に聞いた曲でもあった。

墓参りの時に突然吹かれたことで、驚きだけが先になり、

曲をじっくり聴けなかったため、今日こそはと演奏する岳の姿を見ながら歩く。

ゆっくりと椅子のそばまで進み、静かに腰掛けた。

岳が、母から渡された『クラリネット』を持ち、

『リラクションルーム』を訪れるようになってから、

二人の距離は、一気に縮まっていき、心の奥に押し込んでいた悲しみやつらさも、

互いに表へ出すことが出来た。

あずさにとっては、このメロディーが流れるだけで、

切ない気持ちで胸が締め付けられそうになった日もあったけれど、

そんな思いを、乗り越えさせてくれたのが、目の前にいる岳だった。


『自分を変えてくれた人』


そう、岳に言われたあずさだったが、

あずさにとっても、岳は新しいことをたくさん教えてくれる人だった。

『そのままの君でいい』という歌詞の通り、文句を言い、ケンカをしながらも、

岳はいつもあずさを受け入れてくれた。

あずさは、どうして岳がここへ自分を呼んだのか、

そして『クラリネット』を吹いているのか、その意味がわかっていく。



昭和の中でも、戦争という大きな時代の中で出会った庄吉と玉子。

その『赤い糸』は長い時をかけて、今、新しい実となって結ばれようとしている。



あずさは岳の演奏する姿を見つめながら、最後の1音まで逃すまいと、

そのメロディーを耳に刻みこんだ。



演奏が終わり、静かな時間が戻る。

あずさは心の底から嬉しいと思い、拍手をした。

岳はそんなことはしなくていいと、軽く手を振る。


「墓参りに出かけた日、『もう一度』と言われたけれど、二度目はないとそう言った。
それはどううまく表現しても、一度目よりも感動がないからだ……」

「はい」

「同じことを提案することの無意味さも、仕事の中で何度も味わった。
だから、基本的には『二度目』というのは、好きなことではない」


あずさは岳の性格はわかっていると思い、小さく頷いてみせる。


「でも……世の中には、飲み込みが悪い人間もいる。まぁ、それも仕方のないことだ」


岳はそういうとあずさの横に座り、前にあるテーブルにクラリネットを置く。


「すみません」


あずさは自分のことだと思い、笑顔のまま謝罪をする。


「わかっているのなら、いいことにする」


あずさが頭を下げたことで、岳からも自然と笑みがこぼれていく。


「あのときと同じ曲を、ここでもう一度吹いた。
そして、大切なことだから、もう一度言わないと……」


あずさは岳を見つめたまま、小さく頷いた。

鼓動を速めていく心臓と一緒に、その時を待つ。



「俺と……結婚してほしい」



岳の言葉に、あずさは迷うことなく『はい』と返事をする。

岳は、小さくうなずき、あずさの頬に手を伸ばしていく。

あずさは目を閉じ、異例とも言える『二度目の誓い』を語ってくれた、

岳の唇を受け入れる。



『飾らなくていい……今のままの、そのままの君が好きなのだから』



二人の思いが重なる瞬間が、優しい光りと混ざりながら、

岳のクラリネットに映っていた。





『素顔のままで  終わり』




【ももんたのひとりごと】

『みんなの素顔のままで』

今回の56話は、『あずさと岳がプロポーズ後にどうなったのか』を、
主な登場人物が語り続けていくという、構成になっています。
お話しはどこで、どんなシーンで終わりとなるのか、いつも考えて、
同じにならないようにと、思ってみるのですが……どうだったかな……
あとがきも、おつきあいくださいね。






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