1 運命の出会い 【アイ・オープナー】 ③

1ー③


「で?」

「俺は話しが終わって、帰ろうと立ち上がったら、君がフラフラと寄って来た」

「寄って来た?」

「あぁ、ウソだと思うのならバーテンダーに聞けばいい」


『誰かに聞け』というときは、相手に自信があるときだろう。


「それで……」

「俺は大丈夫ですかと君に聞いた。そうしたら、
どうしてグラスにある酒を飲まないのかと、なぜか怒り出して」


確かにそうかもしれない。私は記憶のある部分を思いだし、何度か頷く。

この人がお酒を飲むまで、あの店を出ないと思っていたことだけは、記憶にある。


「それで、飲みたくないからですと答えたら、それはダメだと……まぁ、泣き始めた」

「泣いた? 私が?」


記憶がない中で、人は泣くことが出来るのだと、その時に初めて知る。


「なぁ、本当に何も覚えていないのか?」


あまりにも見事な忘れっぷりに、啓太はそう聞いてきた。

私はただ頷く。本当に記憶がストンと抜けている。


「何もかも?」


そう真顔で聞き直されても、覚えていないものは覚えていない。

私は半分、やけ気味に『はい』と返事をする。


「そうなんだ」


『あまりにもだらしがない、こいつ、どういう女だろう』と思われたのだろうか。

ホテルに連れ込まれた男にまで、呆れられているような私。

悔しさもあり、なんとか記憶をたどろうとしてみるが、

気持ちを入れようとすると、頭がふらつくだけで、何も出てこない。


「まぁ、他の客に迷惑だから、とりあえず俺は自分の注文した酒を飲んで。
それで店を出たら、君がついてきた」

「私があなたに?」

「あぁ……タクシーに乗ろうとしたら、隣に乗り込んできて」

「ウソ!」

「どうしてウソだと思うんだ、記憶がないんだろ。それなら、どうしてここにいる」


確かに、ウソだと叫んでみたものの、ではどうなのかと聞かれたら、

私の頭の中は真っ白だ。私自身が離れがたくてここまで来てしまったとそう話され、

納得できないものの、反論のしようがない。


「もし、無理やり乗せようとしていたら、まわりにおかしいと思われるだろう。
君だって叫ぶとかしているはずだ」


確かに……酔っていて記憶がないけれど、もし必死に抵抗していたら、

体にそれなりの痕跡が残る気がする。


「そう……なんですか」


最低、最悪、そして惨めな女。自分自身が情けなく思ったその瞬間、

ベッドの中にいる啓太が笑い出した。


「あはは……ごめん、今の話、信用したんだ」

「エ?」

「ウソ、ウソ。店を出るところまでは本当だけれど、勝手に乗ったというのはウソ。
俺が君を誘った。相当酔っていたし、このまま迫ればいけるかなと……」


『いける』って……


「うん……誘ったら乗ってくれた」


啓太はそういうと、『もう1回』と、指を出しながら私の顔を見る。


「もう1回どう? ……どうせ、もう会わないのだし」


その時、失礼なことを言われたと思ったはずなのに、なぜか心臓が鼓動を速めた。

頭ではなく、身体が勝手に返事をしている気分になる。

『行きずり×2』なんて、冗談じゃないと思いながら、

二度と経験などないだろうという、妙な好奇心が生まれてきて、

私は逃げようとせずに……


「そう……よね」


啓太の誘いに、再び乗ってしまった。

1度目は記憶にないはずなのに、そこから先の時間は、驚くほどに鮮明だった。

裏切り者の男と付き合っていた時間は、なんだったのかと思うほど気持ちが高まった。

ただ触られているというより、求めあえている気がして、

もっと深くつながっていたいと、自然に身体が動いてしまう。

私の唇から出て行く声は、今まで一度も、自分自身が聴いたことのないもので。



迎えたその瞬間は、偶然の出会いとは思えないほどの、一体感だった。




『セックスフレンド』


互いに同じ思いを共有したのだろうか、私と啓太は、そんな間柄になった。

互いに束縛しないこと、会っている時間以外のことを知ろうとしないこと。

そんな約束を、その場で決め、私たちは満足感の中別れることになった。

正直、最初に見た啓太の雰囲気が、自分の好みではなかったら、

そんな関係に納得しなかっただろうが、真面目に恋愛を追いかけることが、

その時は本当に無駄な気がしたため、勢いで引き受けてしまったのかもしれない。

その後、啓太が今のマンションに引っ越してきて、私は終電がなくなったと言っては、

『抱きしめられるため』に、この部屋を訪れる。

これでいいのだろうかという思いは、いつのまにかどこかに消えて……




「へぇ……5月ってそういう時期なのね」

「そう、新しいバイトが入ってきて、やっと動けるようになるのが、5月」

「ふーん」


会わない時間について、互いに興味を持つのは辞めようということになっていたのに、

啓太は、時々こんな話をしてくれることがある。


「大学生の子とかさ、化粧は薄めにって言うのに、結構してくるんだよ」

「あらあら、レストランなのに」

「あぁ……注意すると、『これは普通です、濃くないですよ』って、すぐに膨れて」


啓太は『女は面倒だ』と言いながら、裸のまま立ち上がる。

私は、隠しなさいよとそばにあった下着を投げつけた。


「何度も見てるだろ、今更」


啓太はそう言いながら冷蔵庫の前に立つ。

引き締まった体、後姿も本当にかっこいい。


「ねぇ……女子大生だったら、誘ったら啓太に着いてくるかもよ」


不用意な言葉。

でも、言ってしまった。


「うーん……まぁ、その後職場で面倒だろ」


啓太は、ペットボトルの水を飲んだ後、終えたボトルをクシャッと潰す。

その音を聞きながら、私は下着をつけ、借りるつもりのシャツを着る。


「そんなことはないと、否定しないのね」


自分から振っておいて、悔しさのにじみ出るような、台詞。


「……世の中に100%はないからな」


啓太はそのままシャワーを浴びるらしく、浴室に消えていく。

私は、すっかり忘れられてしまったサイダーの缶を手に取り、

結局、飲むことなく流しに捨てた。

炭酸だったと主張するように最後の力を振り絞った泡が出て、すぐに消えてしまう。

シャワーの水音が耳に届き、浴室の曇りガラスに、啓太のシルエットが映る。

私は、ベッドの上に寝転んで、耳に届く音をとらえ続けた。



1-④




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