1 運命の出会い 【アイ・オープナー】 ④

1ー④


『愛されてどこまでも』

『愛の無限大』


次の日、啓太の起床に合わせて一度家に戻り、洋服を変えてから出社した。

夜遅いのが編集部であれば、朝遅いのも編集部。

普通の会社のように、『朝9時』に朝礼が始まるなんてことは、滅多にない。

それにしても、このタイトル。

いったい、誰をターゲットにしているのかと考え込むほど、センスがない。


「はぁ……参った。眉村先生って、
絵は信じられないくらいうまいけれど、言葉のセンスがないよね」

「そうですよね。すでに『愛の』ってところが遅れてますから」


同僚で後輩の編集者、『二宮紗江』がそうからかってきたが、確かにその通りなのだ。


『眉村しのぶ』


漫画家としては、すでに20年以上の経歴がある売れっ子。

彼女のおかげで、社内が潤っていると思う編集者は、私だけではないだろう。

最大の魅力は絵。女性が好む男の身体を、本当に良く知っている。

逆三角形で、筋肉があり足は長い。曲線の使い方が見事なくらいで、

ページを開くたびに、イラストだとわかっているのに、とにかくドキドキする。

からみのシーンでは、常に女性を下に置き、『支配している』という面を、

これでもかというくらい押し出してくる。当然肩甲骨の描き方も重要。

『束縛』という言葉は、あまりいい意味には使われないが、

こういったターゲットを絞った電子書籍の世界では、

『自分だけ』に浸りたい女性たちの、願いも込められている気がする。


「どうします? 中谷さん」


私はどうしようかなと首を傾げると、送られて来たタイトルをもう一度見た。





27にもなると、回りは当然『結婚』について動き始める。

大学時代の友人も、半分がすでにゴールを迎えた。

頑張ってたどり着いたゴールなのに、

すでに、そのゴールから抜け出したいと騒ぐ友人もいて、

時々、『愚痴』を聞くために、独身の私は借り出される。


「ねぇ、聞いてよ、未央」

「聞いているでしょう、だからここにいるのに」


会場は、決まって私の部屋。

さすがに女性同士とはいえ、他のお客様が食事をしている横で、

夫婦生活について、あれこれ言えないというのが友人、『関根ひとみ』の考え。


「私は子供が欲しいのに、うちの旦那さん、全然その気がないの」


ひとみは、ここ2ヶ月、そういった夫婦の時間がまるでないと不満を口にする。


「2ヶ月?」

「そうよ。仕事がね、忙しいのはわかる。でもさ、まだ結婚して1年だよ。
それでこんなふうになってしまうもの?」


ひとみは、付き合っている頃は、そんなことはなかったのにと、寂しそうにつぶやいた。

嘆きたい気持ちがわからないわけではないが、結婚していないので、

結婚後の常識は、正直わからない。

でも、ひとみの旦那さんの年齢は確か30歳。啓太より2つ下。

となると、毎日一緒にいて、『2ヶ月』求められないのは、確かに不思議な気がする。


「安心感があるんじゃないの? いつでも話せるし、いつでも……」


答えがおかしかっただろうか、ひとみには嫌な顔をされる。


「それって、釣った魚にエサをあげないってやつだよね」


ひとみは『はぁ』と思い切り息を吐く。


「ため息なんかつくのなら、ひとみから誘ってみればいいのに。
夫婦なのだから悪いことではないでしょう。一緒のベッドで眠るとか、
なんとなく、そういう雰囲気に持っていく……とか」



私が終電をわざと見送るように……



「もしかしたらさ、浮気しているのかなと、思っているの」

「浮気?」

「だって……」


ひとみは、もし他の女とそんなことになっていたら、絶対に離婚すると、宣言する。

私はふと、啓太のことを考えた。

互いに関係を持つようになって半年、でも、啓太の時間を全て知っているわけではない。

それは最初にしないことと決めた。

ということは、私以外の女性を、部屋に入れていることもあるかもしれない。



今まで、そんなこと、考えたこともなかったけれど……



「まぁ、あんまり思いつめない方がいいかもよ」


ひとみの求めた意見とは違っていたのかもしれないが、そんなことしか言えなかった。





『ただ……あなたが好き』



『眉村先生』の新作タイトルが、決まった。

女性は『3点リーダー』が好きだよねという、

川口編集長のどこから来たのかわからない理論が入っているけれど、

まぁ、最初の『愛』という漢字が入る、資料室から持ち出した昔の漫画、

そう……昭和感プンプンよりはいい気がする。

私は、打ち合わせを兼ねて、先生の自宅に向かう。

そこは素敵な洋風の建物になっていて、先生の部屋は南向きの場所にあった。

陰湿ないじめが満載の、オフィスものを連載する先生の部屋とは思えないくらい、

明るいテラス。


「いらっしゃい、中谷さん」

「すみません、なかなかこちらに来られずに、いつも電話やメールで済ませてしまって」


くまの大きなぬいぐるみが出迎えてくれる玄関で、私は片方ずつヒールを脱ぐ。

用意されているスリッパを履く前に、ストッキングから伝わる床の冷たい感覚が、

少し疲れた足に、心地よい。


「いえいえ、色々と忙しいのでしょう」


『眉村先生』の本当の名前は『野村有紀』という。

今でもネームを2つ、使い分けて仕事をしている。

女性週刊誌に連載される『読者体験ストーリー』など、長い仕事を持っているため、

そちらはそのまま野村で続けていた。

イラスト展などを開くと、あっという間に完売するほどの人気ぶり。

野村時代から、評判になった作品もあったが、紙だけの漫画雑誌は低迷期に入り、

この数年でも、数冊が休刊という名の廃刊に追い込まれた。

雑誌数が減るということは、作品を披露する場所の争奪戦となる。

生き残りをかけた漫画家たちは、プラス要素のある電子書籍向けの作品を、

出す人も出始めた。

それまでは『誰でも手に取れる、すぐに読める』という大前提があったため、

入り込めなかったが、『地下的』とも言える趣味の世界が広がり、

話の内容が一気に変わっていく。

私は、日当たりのいい部屋の中にある、ふわっとしたソファーに腰をおろす。

渡された原稿を左手でめくりながら、気持ちは、あっという間に別世界へ送り込まれた。

この相手役の社長、仕事中だと言うのに、これだけきわどいセリフを、

よく言えるものだ。


「先生……お嬢さんって確か高校生ですよね」

「そう、1年生」


私は新作『ただ……あなたが好き』の初回原稿を読みながら、そう聞いてしまう。


偶然、街で出会った男性は、自分の会社の若き社長だった。

主人公は、ご都合よく『秘書課』に配属され、秘密の関係は始まってしまう。

あまりにも刺激的で、情熱的な台詞とシチュエーション。


「出会った人が社長ですか……」

「でしょ。やっぱり中谷さんも、疑問符つける?」


眉村先生は、このアイデアは昔からアシスタントをしている

『園田亜矢子』さんの意見が入っているのだと、教えてくれる。


「あぁ、そうですか」


確率的には、宝くじに当たるくらい、20代で大企業の社長をする人にぶつかる方が、

難しい気がするけれど、女性の気持ちは、つかめるはず。


「先生、これはこれでいいですよ。『支配』という言葉には、
これ以上の適任者はいませんし」


私はそう言いながら、またページをめくった。



1-⑤




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