1 運命の出会い 【アイ・オープナー】 ⑤

1ー⑤


外の景色が十分見渡せるくらい、大きな窓がある社長室。

『あなたは何等身ですか』と、聞きたいくらいの足の長さを持つ男。

話しが開始されて数ページなのに、主人公とその若き社長は熱いキスを交わしている。


「娘には、『眉村しのぶ』のネームは、知らせていないの、さすがにね。
でも、薄々気付いているのかも思うときはある」


そう、先生は、『野村』ではない電子書籍用の『眉村』ネームを作り出した。

昔からのファンは知っているだろうが、こちらだけのファンにしてみると、

過去の作品には、触れたことがないかもしれない。


「本当ですか?」

「そう。男性の絵柄もなるべく使い分けて書いているつもりなのよ。
だって、女性誌の時には、スーツは描くけれど、滅多に裸は描かなかったでしょう。
でも、特徴というのかな、どうしても出てくるみたいだし。まぁ、それはそれでね。
アダルトとは違うし。女性に向けて描いているものだし」


今は、高校生でも作品をネットを見られる時代だからと、先生はあっけらかんと言う。

私は、先生のデスク上にあった、作品にこれから描かれる予定の、

社長を身体を重ねる主人公の、恍惚とした表情を見た。


「ねぇ、どう? この表情と、このライン? 
中谷さんたちに認めてもらえないと厳しいじゃない」


眉村先生は、私の視線に気づいたのか、

男性の肩甲骨にこだわったと、原稿を指でなぞる。

背中の広さと、腕の筋肉。指の太さも、やはり男性らしく強めに描かれている。


「大丈夫ですよ、私なんかが指摘する部分はありませんから。
今回の作品もゾクッとするなと思って」


冗談ではなく、本当にそう思っていた。


「本当? 中谷さんの彼と比べてどう? なんて聞いても、答えてくれないわよね」

「また、そうやって、タダでネタ探しをしないでください」


こちらの世界に入ってから、先生は絵を描くことにほぼ全力を傾けていた。

漫画の内容は、昔から先生の右腕として働いている、アシスタントチーフの

『園田亜矢子』さんや、私たち編集者が、意見をまとめ、脚色している。

確かに、ちょっとした誘い文句や、その先を要求する視線など、

啓太の仕草が参考になることもあり、先生の作品はどうも無関係と言えなくなる。


「前作もダウンロード数が上がりました。紙の方も順調に注文、入っています。
紙にはカラーのおまけをつけたのが好評みたいですよ。今回も期待してますからね」


美味しい紅茶をいただき、私は先生の家を出る。

季節は5月。仕事に慣れた新人達が、少しずつ憂鬱になる時期らしい。

私は眩しくなった日差しを避けるように、木々の影を選びながら、駅へ急いだ。





編集部に原稿を置き、その日は早めに帰宅する。

コンビニでそれなりに食べられるものをそろえて、部屋に入ると、

ポストに入っていた色々なチラシを選別していく。

料理は元々嫌いではない。でも、一人暮らしで自分のために、

頑張るぞというほど、趣味でもない。

駅前にオープンが決まった『フィットネス』のチラシを見つける。

今どきの施設らしく、24時間営業。

施設の賃貸料、電気代、水道代、そして人件費。

何かを経営するには、とにかく経費がかかる。

それをマイナスにしないために、どれだけの入会者が必要なのだろう。

私は、サラダのカップのふたを取り、一緒に入っていたドレッシングをかける。

オープンに合わせて今なら入会金免除という、売り文句を読みながら、

とりあえず捨てずに保存する方向で、横に置くつもりになる。



『コレック』



啓太が働いている、ファミリーレストランのチェーン店。

オープンする施設の地図内に、マークを見つけた。

駅の反対側など、ここに引っ越しをしてから、そういえば行ったことがなかった。

そうか、『コレック』が近くにあったのか。

啓太が管理している店ではないけれど、なんとなく親近感。


「啓太か……」


壁に寄りかかりながら、クッションを抱え込む。

数日前、会ったばかりなのに、抱きしめあったばかりなのに、

昼間、眉村先生の新作を読んだからだろうか、会いたいと思ってしまう。

一緒に買ってきたサワーの栓を開け、気持ちごとごくりと飲み込んだ。



この半年、私は確実に変わってきている気がする。

陽平に裏切られ捨てられた日、勢いで啓太と朝まで過ごした。

その時は、『相手を信じること』や『その先を期待する』という

恋愛自体に嫌気がさしていて、『満足感のため』という間柄に、

納得して今の関係を気付いたはずなのに、

相手に、『何をしているのか』、『どうしているのか』という疑問を

ぶつけ合うことに疲れて、何も無いことを望んだはずなのに、

今、私は、啓太が何をしているのか、それを気にしている。



他の女を、私のようにあの部屋に導くことがあるのかと、気持ちを揺らしている。



小さめのパンを両手でちぎり、ノドの奥に押し込んでいく。

立ち上がり、浴槽に向かうと、お湯をひねった。





『帰りに寄りなよ』



啓太からの誘いがあったのは、2日後のことだった。

いつもなら終電を逃したと理由をつけるけれど、今日はその必要もない。

私は仕事をしっかりと片付けると、編集部を出る。

『愛されるための時間』を求め、インターフォンをならした。


「うわ……美味しい」

「だろ、お客様に勧めてもらって、今日、買ってみたんだ」


料理くらい作るわよと言うのに、啓太には、片付けも面倒だからと断られ、

どちらかがいつも調達することの繰り返しだった。

今日、啓太が買ってきたのは、竹のかわいらしい入れ物に入った、お寿司の詰め合わせ。


「どこだって行った? 場所」

「あぁ……吉祥寺」

「ふーん」


啓太は、仕事の中でどうしても洋食やイタリアンを食べることが多いので、

和食のおすすめがあると、買ってみたくなるのだと、

あっという間に自分の分を食べ終える。


「昨日は、新しいメニューの意見交換会でさ。バイトも含めて、話し合いをしたわけ」

「メニューに意見を言うの」

「そう……ターゲットに近いから、遠慮無く言っていいよと話したら、
本当に遠慮なんてなくて」


アルバイトの女子学生たちからは、思い切り不評だったと啓太は話す。


「不評?」

「あぁ……甘過ぎるだの、インスタ映えがどうのこうのって」

「あぁ……」


『インスタグラム』。確かに今は、美味しいのが当たり前になっていて、

さらなる要素を食べ物に求めるようになっている。

女心はそんなものよと言おうとしたが、お茶が減っていたので立ち上がり、

冷蔵庫まで取りに行く。いつもの場所にあるだろうと扉を開くと、

見慣れないタッパが入っていた。



2-①

《プレラブ プチ知識 タイトル写真》

1 【アイ・オープナー】

★カクテル言葉は『運命の出会い』

材料は、ジャマイカラム 60ml、アブサン 2dashes、オレンジキュラソー 2dashes、
クレームドノワヨー(入手難) 2dashes、卵黄 1個





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私もドキドキ

ナイショコメントさん、こんばんは

>前作と全く異なる展開に、ちょっぴり戸惑いながらも、
 でも、わくわく読んでいます。

いやぁ……そこですよ、気になるところです。
前作とは、イメージも全く違うために、
背景も変えましたが、どうかなと。

でも、わくわくしていただけているのなら、
よかったと、ちょっぴり安堵(笑)

未央の心情に、頷いたり、首を傾げたりしながら、
これからもお付き合いください。