2 誘惑 【フランボワーズソーダ】 ①

2 誘惑

2-①


『私は入れていない』


頭の中に、すぐに浮かんだ言葉。

冷蔵庫の中にあるタッパは、かわいらしいピンク色で、

これを啓太のものだと思うには、不自然すぎる。

誰かが何かを作って置いていったのだろうか。

中身はなんだろう、少しのぞくだけならと、左手を伸ばす。


「どうした未央」

「エ……あぁ、ごめんね」


啓太の声に、それ以上の冒険が出来なくなった。

『誰がここに入れたの』と聞くのもおかしいかもしれないし、

明確な答えを戻されるのも、自分の気持ちとしては望んでいない。

私はペットボトルを持ち、席に戻る。


「あ、そうだ。中にタッパがあっただろ」


顔に書いてあったのだろうか、タイミングバッチリに声がかかる。


「あ、うん」


啓太は立ち上がると、自分からそれを取りに向かった。

私の前に置かれるかわいらしい入れ物。ふたを開くと、手作りの一口大、

『レアチーズケーキ』が収まっていた。


「バイトに入った女子大生がさ、おすそわけだってくれたんだ。未央も食べなよ」


啓太はそういうと、またソファーに寝転んだ。


「へぇ……」


冷蔵庫に入っていたタッパの中の『レアチーズケーキ』。

『食べなよ』と言われたことで、正式に品定めをする権利を得た。

私は、今時の女子大生はこんなものを作るのねと言いながら、その出来栄えを見る。

生クリームの飾りの上に、小さなナッツ。

まぁ、味は平均点くらい。


「まぁまぁ……かな」


それしか言いようがない。

褒めなければならない立場でもないし、

だからといってけなすのも、なんだか子供じみている気がするし。


「ねぇ、おすそわけだなんて言って、本当は啓太のために作ってくれたんじゃないの?」


『おすそわけ』という言葉は、他に渡すところがあって使うものなはず。


「は? バカ言うな。人生これからの女子大生が、32のおじさんのことなんて、
まともに相手にするわけないだろう」


そういうと、まだお寿司を食べ終えていない私に向かって、

手を伸ばしながら、いたずらをし始める。


「わからないわよ。それくらいの時って、結構、年齢が開いている人に、
甘えたいなと思うことがあった気がするし」


人生経験も、恋愛経験も、それほどないくせに、意味もなく余裕のあるふりをする。


「そんなものかなぁ」

「そうよ……。啓太はそんなに見栄え悪くないもの。
そうそう、『インスタ映え』するわよ。女子大生にしてみたら、同年代より、
啓太くらいの方が経済的にも豊かだし、デートのお金も払ってくれるでしょ」


私は最後のお寿司を口に入れ、啓太の指先から送られる刺激を受け止める。


「『インスタ映え』? なんだそれ」

「なんだって、褒めているけど」


そう、啓太は素敵だと思う。男としてはもちろんだけれど、ちょっとした仕草も、

私のくだらない話に笑ってくれるタイミングも、なかなかだと思っている。

だからこそ、私は終電の時間を、わざと見送るのだから。


「そうか、それなら、俺にもチャンスがあるわけかな」

「そうかもね」


頭ではあれこれ考えていても、相手におぼれているなんて態度を見せないのが、

大人の恋愛。それでなくても私たちは、

どちらがどちらかに寄り添っているわけでは無くて、同等なのだから。

私は体の向きを変え、啓太の顔に顔を近づける。


「だからといって、あんまり自信持たない方がいいわよ。
イケルと思い込んでいる男ほど、みっともないものはないのだから」


啓太が私の後頭部に手を置き、自分の顔の方へ手を動かした。

全ての時間が始まるという合図のキス。


「マグロ……」

「エ?」

「最後に食べたのマグロだろ?」


啓太の顔。どうでもいいことを、何、得意げに言っているの。


「なによそれ、同じものを食べているでしょう」


私はそう言い返す。


「未央……」


啓太の視線を感じた私は、横に寝転んだ。

見つめ合って、さらに数回キスを交わし、私たちは気持ちをさらに盛り上げるために、

唇だけではなく、互いの身体に触れ続ける。

自分とは違う胸板の厚さ、同じ指でも全然違う太さ。

そして脚を絡めながら、私は啓太のベルトを外す。

ボタンとチャック。隔たりのあるものは、全て取り除きたくなった。

身体に熱を感じるからこそ、身につけているものを、互いに剥がしていく。

日常の姿の下から、むき出しになる本能の自分。

そのまま動き出しそうになる私の手を、啓太が止める。


「行こう……」


シャワーを浴びようという合図に、二人で起き上がると、

啓太が子供のように手をつないできた。

つながれている場所があることに、私の心臓が音を立てる。

あと数歩で浴室という時、その手を啓太が思いきり引っ張った。


「あ……」


目の前に浴室のガラスがあるのに、その反対の壁に押しつけられた私は、

おもむろに右足をつかまれる。


「……ちょっと」

「途中下車だ」

「何言っているの」


こんなところに、計算されてるのかと思うようなダンボールがあり、

私の右足は啓太の思い通りの場所に乗ってしまう。

いつもより近い場所にある顔が、私の反応を監視しているように思えたが、

突き上げる波に逆らうことが出来ず、抜けるような声をあげてしまった。

悔しいけれど、私の両手は啓太の肩に乗り、この姿勢を保ってしまう。

啓太は、自分の要求を受け入れた私の名前を、嬉しそうに呼ぶ。



私は、その声に応えるように、自ら深く、啓太を受け入れていく。



心も、体も……あなたのことしか考えられなくて。



私たちはそれから場所を変え、何度も抱きしめあった。



2-②




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント