2 誘惑 【フランボワーズソーダ】 ②

2-②


『セックスフレンド』

よく言われるのは短縮形の言葉『セフレ』。

愛情とかではなく、互いに体の相性だけでつながっている関係を意味している。

啓太と最初に『ブルーストーン』で出会ってから半年。

私たちは、『変わらない日々』を送りながら、私は変わってきている自分の思いを、

このまま隠していることが難しくなってくる。

なんだろう、性格はサバッとしているのに、結構尽くすタイプだったと思う。

好きな人が出来たら、料理を作ってあげたり、たまには部屋の掃除をしたり、

休みを合わせて一緒に買い物に出かけたりすることが、当たり前だったので、

そんな時間が懐かしくなってきた。

惣菜ではなくて、出前ではなくて、私があのキッチンで作ることが出来たら、

もっと会話も弾むし、距離が近付くのではないか。

そんなことを思いながら、編集部で仕事をしていると、

廊下を歩く園田さんに気付いた。


「園田さん」

「あ……中谷さん」


眉村先生の右腕。内容を考える彼女がいなければ、

先生の漫画は、ただの欲望むき出しの作品になってしまう。


「どうされましたか?」

「実は……川口編集長に、お会いする約束で」

「川口ですか」

「はい」


園田さんの年齢は、私より8つ上の35歳。

このまま眉村先生のアシスタントとして仕事をしていくのかと思っていたら、

どうもそうではないらしい。

昼食を終えて、仕事場に戻ると、川口編集長から手招きをされた。

私はパーテーションで仕切られた場所に座る。


「何か」

「これ、見てくれないか」


渡されたのは、原稿。

私はすぐにピンと来た。


「園田さんのですか」

「あぁ……彼女が自分の作品を描いて持ってきたんだ。眉村先生のところで、
色々と頑張っても、それはあくまでも影だろう。なんとしても前にと……」


大学を出て、それなりに数年間、編集部員をしていると、

『見る目』というものが出来上がっていく。たまに予想外のヒットというのはあるが、

絵のインパクトは、だいだい第一印象で間違いがない。

私は、何も言わないまま、ただ読み続ける。

内容は、読みきりのオフィス漫画。とはいっても、眉村先生のように、

社長と部下がいきなり恋に落ちるようなものではなく、

ちょっとした笑いの要素も盛り込まれている。

思わず、口元が動くような楽しいセリフ。色々と考えが浮かぶ、園田さんらしい。

しかし……


「この絵では……辛いな」

「はい」


絵が、下手だというわけではない。でも、女性向けの雑誌では、絶対の鉄則がある。

主役級の男性は、読み手である女性から見て、『いい男』でなければならない。

園田さんの男性キャラクターは、人間的には魅力的なのに、

ビジュアルにそそられる部分がない。言い方を変えると『艶がない』のだ。

眉村先生の送り出す、『支配力』の強い男たちとは、全く違ってしまう。


「眉村先生も、長く自分のために働いてくれた人だからと、電話をくれたけれど」


編集長は頭を抱え、大きくため息をついた。

私は原稿を置く。

この作品を、取り上げるのは無理という、プロとして当然の決断。


「編集長。園田さんはきっと、わかってくださると思いますよ。
だって、一番目の前で眉村先生の絵を見ているわけですし」


きついかもしれないが、それが現実。

漫画家としては、いや、少なくともうちで出している雑誌では勝負にならない。


「頼めないかな、中谷」

「エ?」

「これ、園田さんのところに持って行ってよ」


編集長は、次に先生のところへ行くときにでもと、私に原稿を押し出してくる。


「編集長……編集長が持って来いと言ったって、さっき園田さんが」

「頼む!」


結局、押し切られた私は、自分のデスクに園田さんの原稿を入れた。





「ふーん」


その日は、きちんと最初から啓太のベッドで過ごしていた。

ここに引っ越すと決まったとき、私がお願いして入れてもらった、

少し大きめのセミダブルのベッド。


「大変だな、そういうのも」

「でしょう。自分が引き受けたのだから、最後までって言いたかったけれど、
言えませんでした」


私はスマートフォンを指でいじりながら、とあるページで指を止める。

ちょっとした広告をタップしていたら、行き着いたのは旅行のページ。


「ねぇ、啓太」

「何」

「今度、旅行に行かない?」


うつ伏せになり、両方の足をパタパタと動かしながら、少しかわいらしく切り出した。

私にとっては、当たり前のセリフ。

終電が終わってからとか、食事後のドタバタした時間ではなく、

綺麗な景色を見ながら、のんびりお風呂にでも入って、ゆっくり過ごせたらという、

ごく自然の要求。


「どうして……」


啓太の反応が予想外で、思わず横を向く。


「どうしてって、だって……」


どうしてなど、言う必要があるだろうか。


「旅行なんて必要ないだろう。俺たち、そういうのではないんだし」


『そういうの』。

鋭いナイフで、体の一部分が切られた気がした。


「まぁ、そうだけれど」


そう言われたので、なんとなく同じような言葉を乗せてしまう。


「旅行に行って、食事して、風呂入って、結局、こんなふうになるのだから、
ここでも一緒だろ。気分を変えたいのなら、ホテルにでも行くか?」


啓太の言葉には、迷いも照れもないように思えた。

ただ、そう思っている、それ以外の何ものでもないと、言われている気がして、

『だって』の言葉が語れない。


「別にいいわよ、ここで」


思い切り、不機嫌そうな口調になった。

啓太は危機感を感じたのか、私の体を引き寄せる。


「未央……」


『セフレ』だって、旅行くらい行ってもいいのではないかと、

言い返してやりたかったが、啓太がなんとか機嫌を戻そうとしている行為を振り切れず、

また、その罠にはまっていく。

今、愛されたいという要求が、自分の心を飛び越えていく。

私は携帯を離し、啓太の手に導かれるまま、目を閉じていた。



2-③




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