2 誘惑 【フランボワーズソーダ】 ④

2-④


「おはようございます、な・か・た・にさん!」

「名前にいちいち、スタッカートつけなくてもいいですけれど」


次の日、出社をするとすぐに寄って来たのは二宮さんだった。

昨日の話をされるのだろう。


「上村さんと、その後のお話出来ましたか?」


あれ? どうして?


「何、どうして?」


心の声がそのまま、出て行ってしまう。


「私、上村さんから言われたんです。明日の仕事が早いから2次会は参加しませんが、
中谷さんとはまたお会いしたいので、お話をしても大丈夫でしょうかって」


大丈夫かどうか、どうして二宮さんに聞くのよ。


「中谷さん、上村さん、あの中で一番のエリートだそうですよ。
大学卒業して『花菱物産』に入社して、インドネシアとタイに赴任していたそうです」


上村悠さんは、大学時代から語学に興味を持ち、それを生かして『花菱物産』に入社。

数年間の海外勤務を経て、去年、本社に戻ってきたらしい。


「年齢は32歳、どうですか? 中谷さん」


どうですかって、どう答えたらいいのよ。

昨日、私に向かってちょっと顔が赤くなるような台詞をくれた時には、

警戒しながらも、少しだけいい気分だったのに。

この展開は、あまりにも『恋愛』を知らない男のやることでしょう。

密かにすることだから、互いに気持ちが盛り上がるのに。

幹事を務めた後輩に、『この次を作りたい』なんて宣言……


「さて、眉村先生のところに、行ってきます」


『エリート』かぁ。

私の人生の中には、一度も入り込まなかった台詞だな。

勉強も運動も、それほど出来なかったし、かといって、呼び出されるほど悪くも無く。

『普通』とはんこを押されるくらい、平凡な日々。

そういえば、ひとみ、あれからどうしただろう。

ご主人と話し合い、出来たのかしら。

編集部を出て、あれこれものを考えながら歩いていたら、駅まであっという間だった。





「そうですか」

「すみません、川口が今回はと」


嫌な役。園田さんとは、これからもまだまだお会いするのに、

どうして私がこんな役を引き受けなければならないのだろう。

園田さんは、原稿を入れた袋を受け取ってくれる。


「すみません、中谷さんに嫌な役を……」

「あ……いえ」


気配りの出来る園田さんらしい。私の気持ちなんて、すっかりお見通し。


「そうですよね、わかっていました。自分の絵に自信が持てなくて、
それでも漫画家と呼ばれる仕事につくことを、あきらめきれなくて。
こんな年齢になるまで、何をしていたのかと」

「園田さん、そんなことないわよ。あなたがいてくれたから、
私の作品が世の中に出たのよ」


私なんかより、園田さんをもっと知っている眉村先生が、

一生懸命に、フォローしてくれた。


「先生、ありがとうございます。これからも細々、私なりに描き続けます」


園田さんはそう言ったあと、近頃見つけた店があるのだと教えてくれる。


「ファミリーレストランなんですけど、夜2時まで営業しているんです。
並木通りの『コレック』というチェーン店で、
私のように夢をあきらめていないような人が、結構、利用しているんですよ」


園田さんから、『コレック』の話題が出た。

啓太が数店舗束ねていると聞いているけれど、その店もひとつなのだろうか。

担当は、都内の店舗だと言っていた。『並木通り』だと立派な都内。


「夢をあきらめない人?」

「えぇ……コーヒーを飲みながら、ずっと作詞をしていたり、
手作りのお店を開店したくて、手編みの作品を、何時間も作っていたり……」


家族向けだと思っていたファミレスに、そんな世界があることを、私は初めて知った。

家でやればいいのにとも思うが、園田さんの話を聞いていると、

みなさん、わかっていてそこに集まっている気がする。



あの人も自分と同じ……

『夢』という目標に向かって、もがき続けている。

そんな一体感。





「あぁ、確かにそういう人たちはいるね」


園田さんから聞いた話を、啓太に振ってみた。

話の流れで、啓太は『並木通り店』を回っているのかと聞いてみる。


「うん」

「そうなんだ」


私は、客の中に園田さんがいると思うと、彼女の特徴を話した。

髪の毛はセミロング。少し茶色がかっているけれど、決して痛んではいなくて。

左の頬にほくろがあり、身長は……


「私と同じくらいかな」


正式に並んでみたことはないけれど、たしかそんな気がする。


「ふーん」


啓太からの返事はそれだけ。


「それだけ?」

「それだけって、どんな反応をすればいいんだよ。
じゃぁ、何。あなたが園田さんですか、私は中谷の……」


中谷の……


「知人ですとでも言うわけ?」


啓太は、それこそ見られている気がして嫌がられるよと軽く笑う。


「本当に会話をしろだなんて言っていないわよ。園田さん、結構人見知りだし」


そう、眉村先生のところに、私が行き始めた頃、いつも無表情に近い対応をされて、

結構落ち込んだ。


「未央のように、誰とでもフレンドリーという人の方が珍しいんだよ」


啓太はそういうと、そろそろ始めようと私の手からスマートフォンを取りあげた。



2-⑤




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