3 視線を感じて 【ビジュー】 ①

3 視線を感じて

3-①


そういえば、私は定期を探そうとした時、

確か、啓太の部屋でバッグをひっくり返した。

昔から、手で探すのが面倒なこともあり、中身を全て出してしまうのはクセなのだけれど、

その時に、『花菱物産 上村さん』の名刺を、どうも落としたらしい。


「この間、人数あわせにかり出されたの、飲み会」

「そうか……」


『どうしてそんなものに出るんだよ』なんて、言われないとは思っていたけれど。

『そうか……』の感想は、あまりにも短くないかな。


「そう……でも、みなさん海外勤務が長くて、色々とお話が楽しかった。
エリートっていうのも、ガチガチだけじゃないんだなと」

「ふーん」


思っていたよりもいい人たちだったと、感想を述べているのに、

『ふーん』というのも、適切な言葉だろうか。

いや、こうなることはどこかでわかっていた。でも、心の奥底では悔しくて仕方がない。

啓太は、どうしてそんな冷静な態度が取れるのだろう。

私なら、もし、立場が逆で、啓太が知らない女性から、

こんなメッセージつきの名刺をもらっていたら、

『ふーん』なんて言葉で、おさまらないのに。


「啓太」

「何」

「送ってくれなくていいから」

「何言っているんだよ、暗いし」

「駅までたいした距離ないし、人もいるし」


イライラしていた。私自身になんて、興味がないくせに。

ただ、満たされたいだけなのに。

そんな相手に、帰り道があぶないからだなんて言われても、納得できない。


「いいって……」

「未央」


そこまで、どこか軽く構えていた啓太の声が変わる。


「持ち込むの、辞めてくれよ」


啓太はそういうと、私の前を歩いて行く。

『持ち込むな』というのは、感情という意味だろうか。

男と女は、体つきだけでなく、全てが異なるのだろうか。

私は送ってもらっているという事実を認めたくなくて、

自転車を押す啓太の後ろを、同じ距離を保ったまま、駅まで歩き続けた。





次の日の『名古屋』。

イベントは大盛況だった。普段あわないような編集者や、カメラマンなど、

たわいもないことで笑い合って、また会いましょうと挨拶をして、

存在感だけを前面に押し出した。名刺を配りまくり任務終了。

帰りの車内は、ただ疲れてボーッとしていたら、

アナウンスから『東京』の文字が聞こえてきた。

お土産でも持って、『疲れたんだよ』と言いながら、それでも啓太のキスを待つ、

そんな流れは作れない。

昨日、駅に着くまであれから一言も話さなかったし、今日から3日間、

家にいないと宣言されている。



何もなかったかのように、当然、行く気などないけれど。

時間はあったが、無理して編集部に顔を出す気持ちにもなれず、

私はそのまま部屋を目指した。





お気に入りのシャンプー。これは香りが好き。

値段も結構するけれど、包まれているという安心感が得られるから。

シャワーを浴びて、軽く髪の毛をまとめると、そのまま浴槽に入る。

脚を伸ばして、右、左と動かしながら、数を適当に数えた。

バスタオルに身を包み、上から下へと拭いていく。

斜めにある鏡を見ながら、自分の胸に軽く触れた。

これは、毎日していること。

大学時代の同級生のお姉さんが、数年前、乳がんになった。

全く気付くことなく、腫瘍は大きくなったが、

なんとか手術をして今も元気に過ごしている。

そんな話を聞いてから、なんとなく自分で確認することがクセになり、

今日もそのつもりで丁寧に触れた。



『持ち込むの、辞めてくれよ』



『ブルーストーン』で出会った日に交わした約束を破り、

完全に『恋愛』を始めてしまった私と、『契約』にとどまろうとする啓太。

私は、いつまでこの状況を受け入れられるだろう。

自分自身が限界点を越えてしまい、泣き叫ぶことになるのか、

それとも、別の着地点を見出せるのか、今は全くわからない。

たった『3日』。

どんなに根性がない人間でも、『3日坊主』というくらいだから、

何かを続けられるだけの時間なのに、私はもう、寂しくなってくる。

啓太に会えないという、決められた時間。

啓太がするように、自分の胸の先に指を置き動かしてみるが、

『同じ感覚』は得られなかった。





名古屋に行った話を編集長にして、

上村さんからもらった名刺を、また落とさないように手帳に納め、

眉村先生の新作が、期待度ナンバーワンを取った事を確認していたら、

啓太と約束した3日が経過した。

『仲直り』と『お土産渡し』という理由を作り、私はその日、

気まずくなったことなど忘れたふりをして、終電を見送り、マンション前に立つ。

多少、ゴタゴタしたって、なんだかんだ言い合ったって、

寂しい気持ちは必ずあるはずだからと、インターフォンを鳴らす。

いつものように『ごめんね』と切り出せば、『おいおい』と呆れたように言われて、

それでも……


「はい……」


聞こえた声に、セリフをかけようとしたが、出てこなかった。

私、焦って別の部屋のボタンを押したのだろうか。

視線だけ横に動かすと、『303』と啓太の部屋の番号が光っている。


「あ……すみません、はい」


啓太だった。


「私……未央」


『ごめんね』と切り出すはずなのに、名前を名乗ってしまった。

インターフォンが混線しているのだろうか、とにかく開けてほしい。

いつもなら返事と同じタイミングで扉が開くのに、何も言われない。


「そっか……」


『おいおい』ではない、啓太の声が、ものすごく私を不安にさせた。

エレベーターに乗り、疑問符が頭をグルグルしたまま、啓太の部屋を目指した。

とりあえず聞いてみなければわからないと思っていたのに、

真実は、予想以上の展開で、私の目の前に現れる。


「こんばんは」


扉を開けて出迎えてくれたのは、まさかの女性だった。



3-②




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