3 視線を感じて 【ビジュー】 ③

3-③


次の日、いつもより化粧を厚くした。

理由は簡単。目が腫れぼったい。

私は昔から睡眠不足や、泣いた後、いつもこうなってしまう。


「中谷」

「はい」


川口編集長に呼ばれ、新しい原稿を印刷所に運ぶことになる。

こちらは昔から続く、紙の漫画。安定した売り上げはあるものの、

昔ほどの勢いはない。購買層が年齢をあげていくため、部数は毎年減り続ける。

電車に乗り、車窓からの眺めを見ていると、高層ビル街が現れた。



『花菱物産』



『HANABISI』というロゴマークが、ビルの側面に、

ローマ字のインパクトを残している。

私は手帳の奥に入れた、上村さんの名刺を取り出した。

会いたいと言ってくれた人と、食事くらい行くことがあっても、問題はない。

何しろ向こうは、『女子大生』を住まわせているのだから。

私は携帯番号を確かめ、印刷所の最寄り駅まで着いた後、鳴らしてみる。

仕事中のため、留守番電話の音声が流れていく。


「あの……先日、お会いした中谷です。突然、お電話してすみません」


自分の携帯電話でかけたので、上村さんにも番号がわかるだろう。

私は、あらためて電話をしますと言い、伝言メッセージを切った。





会社に戻った午後、私の携帯電話に上村さんからの着信があった。

仕事の会議で夜7時くらいまで体が空かないので、その後、あらためて電話をしますと、

先日と同じように、丁寧な言い方でメッセージが残っていた。

私は『電子書籍』のみで配信している作品のタイトルを調べ、

その売り上げをまとめていく。

携帯が揺れた。

私の手は、無意識に反応してしまう。



『啓太』



メールを寄こしたのは啓太だった。

昨日の今日で、何をどう言うつもりかと思いながらも、

指はすぐにその言葉を知ろうとする。



『昨日は悪かった。しばらくしてまとまったら、説明するから』



読めばもっと怒りがわくのか、それとも納得出来るのか、どちらかを期待したのに、

何も変わらない。悪かったと謝っているくせに、『しばらくして』と、

昨日だけではすまないということを、宣言しているように思えてしまう。

啓太のOKサインが出るまで、あの部屋に近付くなと言われたも同じ。

私は携帯をバッグに押し込み、仕事に集中することにした。





夜7時過ぎ、宣言どおり、上村さんから電話があった。

私が連絡したことを、本当に喜んでいるようで、恐縮してしまう。

私が勤めている場所と、『花菱物産』の場所とを考えて、待ち合わせの駅を決める。

2日後、『二人だけの食事会』が決まった。





「はぁ……疲れた」


誰もいない自分の部屋。当たり前だけれど、静かな空間だった。

私は、その静寂を壊すつもりで声を出す。

先生たちのところに行き、原稿をもらう作業よりも、

数字をまとめる仕事の方が数倍疲れてしまう。

疲れた頭をグルグルさせながら、冷蔵庫を開けた。



『ピンクのタッパ』



ここは間違いなく自分の部屋なのに、どうしてこの瞬間に思い出したのだろう。

そういえば前に、啓太が話してくれたことがあった。

バイトさんから、手作りのレアチーズケーキをもらったこと。

私、啓太は『インスタ映え』するよと、自ら意見を言い、そうかそれならと、

啓太をその気にさせていた。

あの、香澄ちゃんの持っていたのは『ピンク』のスーツケース。

おそらく、タッパもあの子が啓太に渡したものだろう。

そうか、そうだったんだ。何が『おすそわけ』よ。

互いに、実行に移したということ。

のんきな私の、呆れたセリフを受け入れただけのこと。



今日も、あの子が眠るのだろうか……あの部屋で。



私は考えていることが嫌になり、もやもやした気持ちを晴らそうと、

お気に入りのクッションを頭の下に置き、横になる。

よく使うボタンを押し、『眉村先生』の作品を開いた。

今回の作品ではなくて、その前、いや、その前だろうか。

プレイボーイの男だけれど、相手にする女性は数人いるのだけれど、

本気で愛しているのは主人公だけで、ぐらつきそうになる気持ちは、

圧倒的な勢いに全て流され、そして消え去ってしまう。



よく考えたら、身勝手で、腹が立つのかもしれないけれど、

今、全身傷だらけの私には、このシチュエーションがうらやましくさえ思えてしまう。

なんだって、どうだって、『やっぱり未央だ』と、啓太に抱きつかれたら、

全て水に流せてしまうかもしれないのに。



このまま、啓太とはゴタゴタしながら終わるのだろうか。

それとも、しばらく過ごしているうちに、新しい解決方法が見つかるだろうか。



私は携帯を横に置き、起き上がる。

心が乱されたままで食欲はなかったが、負けたくなくて食べ続けた。





上村さんと食事をする日。

待ち合わせをした場所に行くと、まだ5分前なのに、待っていた。

私は改札を抜けて、小走りで挨拶をする。


「こんばんは」

「すみません、私」

「大丈夫です。僕が早いだけですから」


上村さんは、挨拶も早々に、行きましょうとすぐに歩き出す。

私は遅れないように、彼の後ろを着いていった。



3-④




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