4 ふれあいたい 【アフィニティ】 ②

4-②


休みが終わって、またいつもの仕事が始まった。

原稿の遅れている箇所を探し出し、穴埋め記事があるかどうか考える。

いつでも埋められるような『常備もの』と、話題に乗れるような『流行りもの』。

どっちでカバーしょうかと考えていたら、受付から電話があった。


「はい、中谷です」

「すみません、細川さんという女性が、受付に見えています」


細川さん。さて、誰だろう。

作品を持ち込む、学生だろうか。

それとも、広告を希望する企業だろうか。いや、それはない。

担当が違う。


「今、行きます」


私は二宮さんに書類を渡すと、とりあえず受付に向かった。

どんな相手かわからないけれど、待たせていいことはないだろう。

階段を駆け下りていくと、すぐにその姿が目に入る。



『細川香澄』



啓太が助け船を出した、あの子だった。


啓太から話を聞いたからなのか、先日よりは余裕が持てる。

私は『こんにちは』と挨拶をして、彼女の前に立った。


「中谷未央さんですよね」

「はい」


色々とご迷惑をかけて、すみませんでしたという、台詞を期待しながら、次を待つ。


「ここで話してもいいですか?」


香澄ちゃんは、視線を右と左に動かし、『いいのですか』という目を私に見せる。


「何? 何か込み入ったこと?」


私とあなたの間に、そんな必要はないはずだと、彼女を見る。


「私……SDのことが、本気で好きですから」


香澄ちゃんの口から飛び出したのは、お礼でも感謝の言葉でもなく、

啓太への愛情告白だった。


「SDに聞きました。中谷さんとの関係」


香澄ちゃんはそういうと、一歩前に出る。

私の耳の近くに、口を動かしてくる。


「『恋人』ではないからと、そう言われました」


啓太が、この子にそんなことを言ったのだろうか。


「結婚の約束とか、そういう間柄ではないと聞いて、気持ちを伝えに」

「私に?」

「はい……私がSDを取ります。『恋人』になりますから」


香澄ちゃんはそこまで話すと、なぜか丁寧に頭を下げた。

編集部を出て行こうとする身勝手な腕を捕まえる。


「ちょっと、あなた啓太に世話になっているのでしょう。それなのに」

「なっていますよ。一生懸命考えてくれるから、嬉しいなって」


香澄ちゃんは、啓太のためなら、仕事も頑張れるし、

迷惑をかけないように暮らすつもりになったと、嬉しそうに話してくる。


「私が、またおかしくならないように、ずっと見ていると約束してくれました。
だから、中谷さんとの関係があっても、負けるつもりはありません。
精神面で、つながっていくつもりです」


『精神面』

大人になったばかりの女性に、完全に追い込まれる27歳の私。


「あ、そう。それならせいぜい頑張って。
申し訳ないけれど、くだらないことに、つきあっている時間はないから。
とにかく、あなたのために動いた啓太の、期待を裏切らないでね」


今、動揺する頭の中で、精一杯言える余裕の台詞を送り出す。


「はい」


香澄ちゃんは自信たっぷりに返事をよこし、私のテリトリーから出て行った。



驚いた。



本当に驚いた。今時の女子大生は、みなさんあんなに自信家なのだろうか。

啓太は気持ちがないのかもしれないけれど、彼女は本気かもしれない。



『恋人ではない』



それにしても、まぁ、わかっているけれど、二人の関係性について、

香澄ちゃんに話すことだろうか。どんなタイミングで、どんな質問のあとに、

その言葉が出たのだろう。切り裂かれた場所を繕えたと思ったのに、

またあらたな傷があらわになる。


言葉は怖い。


一瞬で酔わされることもあるし、呼吸を乱されることもある。

私は階段をあがりながら、どこからわき上がるのかわからない、

『若さ』という武器の恐ろしさを、全身に感じていた。





その日は、ひとみが我が家にやってきた。

『行ってもいいか』と聞いてきたのは、ひとみなので、

おかしくなり始めたご主人との関係が変わったのかと思い、会うことになる。


「あれからね、思い切って私、主人と話し合ったの」

「うん」

「これ以上ウジウジしていても、おかしくなるばかりだもの。浮気しているのなら、
さっさと問い詰めてと思って」

「……うん」


軽く発言しているけれど、結構怖いよ、ひとみ。


「結婚して1年だから、そろそろ子供が欲しいってそう言ったの」

「うん……」


ひとみは照れながらも、ご主人が気持ちを理解してくれたこと、

それから少しずつ会話が増えて、気付くと、自然に時が来たと教えてくれる。


「イライラしているように見えたって、言われたの」


ひとみのご主人は、いつも家に帰ると、ひとみが疲れているような顔をしていると思い、

会話を避け始めてしまったと、話したらしい。


「心の奥を見せてしまえば、なんてことのないことだったの。自分でもね、
そこは反省した。お帰りって明るく迎えていたかな、
自分のことばかり話していなかったかなって」


好きになって結婚したのだから、その人とふれ合いたいのは当たり前なのだ。

私は、ひとみの顔を見ながら、よかったなと本当に思った。

先輩を見ながら『結婚なんて……』という気持ちになったら、この先、人生が辛くなる。

いつかきっと、時期が来たらきっとと、希望は捨てたくない。



『今はまだ……』



上村さんのことを、ふと思い出した。

次の約束が来るかもしれないと、心のどこかで思っているだろうか、

曖昧なままにしている私は、間違った行動をしている気がしてくる。

きちんと話そう。

『好きな人がいます』と。

あの人だからこそ、伝えなければいけないと思えるから。

私はひとみが帰った後、携帯番号を呼び出し、『上村さん』のボタンを押した。



4-③




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