6 危険な香り 【スティンガー】 ①

6 危険な香り

6-①


『お見合いの暗黙のルール』というのがあるのだろうか、

松岡さんは自分のアドレスと番号を書いたメモを、私によこした。

そして、次の約束は、私がイニシアチブを取ってくれたらいいと、そう言い始める。


「僕はどちらかというと時間を動かしやすい営業マンですから。編集者として、
駆け回る中谷さんの方が、時間を作りにくいでしょう。ご都合がいい日を、
設定して連絡をください」


少し前に見たテレビドラマでは、やはり何事もなかったように別れた後、

間に入った人から、どうなのと感想を聞かれ、続くのか終わるのかを選択していた。

私は、わかりましたとメモを受け取る。

将来を考えてくれた親や、ここまで足を運んでくれた編集長には悪いが、

松岡さんとのこれからは、全く想像が出来ない。

『人生初のお見合い』は、2時間ほどで終了した。



松岡さんと別れ、空いてしまった時間で街をブラブラと見て歩く。

仕事でターミナル駅を通ることもあるが、

時間に追われているため、意味なく見て回るなんてこと、

ここのところしたことがない。


『高浜屋』


大手の百貨店。重たい扉を押し、入り口から入ると、

かわいらしい小さな花壇に囲まれた正面に、ライトが当たる場所があった。



『ウエディングセレモニー』



そうだった。季節は今、6月。

『ジューンブライド』といって、世の女性たちが憧れる月だった。

色白のマネキンの被るブーケ。

若い女性に今人気だというメーカー、『sweet bell』。

ドレスには細かい刺繍のレースが施されている。思わず手で触れてみたくなるが、

そのそばに『触れないで』のプレートがあったため、違反の前に手を止める。

それにしても、綺麗だ。

神父の前に二人で並び、誓いの言葉を言った後、新郎はブーケをあげて、

『真っ白で汚れのない花嫁』に、キスをする。

これから君は、僕が守るのだと。



誓いのキスか……



唇にそっと触れる、優しいキス。

なんだか、少しうらやましい。



マネキンから伸びていくベール。

兄の息子、『和貴』。両手で持って、うまく歩けるだろうか。



想像していてもむなしいだけなので、私は体を横に向け、奥へと向かう。

装飾品売り場のずっと先に、『クリーナ』の店舗が見えた。

そう、一流といわれる百貨店には、どこにも入っているんだよね。



『クリーナの3番』



わかっていたけれど、一応、店頭に並んだテイスティングの小瓶を開けてみる。

あぁ……そう、間違いない、この香り。

アイスクリームやソフトクリームを塗りたくったような、そんな甘い香り。

私は小瓶を元の場所に戻すと、そのままさらに奥へ進んだ。





その日の夜、実家の母に連絡をした。

もちろん、今日が『見合いの日』だということもわかっていたので、

結論だけを手短に伝える。


「悪い人ではないと思うの。でも、自分の考えが全面に出てきて、
ちょっと押しが強いなと思って」


母は、私の話をそうなのかと聞いてくれる。


「こうでなければならないって、結構思いが強いところがあって」


香水のこと、伝えようかどうしようか迷ったけれど、

ここが一番のポイントなのだから、避けてしまっては、ダメだろう。


「香水をね。決まったものをつけて欲しいって、そう言われて」


年を重ねていても、母も女性。

さすがにその話を出したら、驚きの声をあげる。


「でしょ、ちょっと……いや、引いた」


私は、申し訳ないけれど、お断りするねと母に告げ、

今はいない父にも話して欲しいと、そう言って電話を切った。



『今日は気温の上がった一日でしたね……』



テレビから聞こえる、ニュースキャスターの声。

私にとっては、人生初の見合いの日の夜。とりあえず、母には全てを語った。

次は本人。松岡さんにもお断りをしなければいけない。

渡された番号があるので、すぐにでもと思ったが、

編集長が間に入ってくれたことを思い出す。

どんな時間だったのか、しっかり話をして、それからでも遅くはないだろう。

その日は、緊張感があったのか、いつもより早くまぶたが重くなり、

いつもよりぐっすりと眠りにつけた。





「『クリーナの3番』?」

「はい」


次の日の昼休み。編集長は私を会社近くの喫茶店に誘ってくれた。

もちろん、昨日の状況を聞くためだろうと思い、正直に語る。

母と同年齢の編集長も、香水を指定したという彼の態度に、さすがに驚いていた。

私は、悪い人ではないと思いましたがと、フォローも忘れない。


「それは……いやぁ……」

「ですよね。私もちょっと、それはと」

「うん」


編集長は綺麗に髭を剃ってきたであろうあごのあたりを、自分の左手でさすりながら、

しばらく複雑な顔をしていたが、何か思い出したのか、急に楽しそうに笑い出した。

どういうことだろう。

これまでの話の中に、笑われる要素があっただろうか。


「いやぁ……中谷。おそらく、これはおそらくだけれど、
松岡君もきっと、これはと思ったのだろう」

「エ?」

「普通なら、つける香水を指定する。そんな話をしたら相手がどう感じるか、
わかると思うんだ」


編集長は、松岡さんがわざとそういうことを言ったのではないかと言い始める。


「この人ではないなと思ったけれど、『あなたは』と断るのは女性に失礼だから、
自らとんでもない話をして、相手から断ってもらおうとそう考えた。
違うだろうか」


松岡さんがわざと……


「あぁ……」


そうなのかもしれない。私を見て、話をしてこの人はと思ったけれど、

男が断るのはと思い……

そうか、それなら『ドン引き』する話題も、判る気がする。


「そうか、そうなんですね、きっと」

「いや、どうかわからないけれど、でも、そう思っておけば気が楽だ。
中谷も、『すみません』とメールを送っておけばいい」


編集長は、奥さんと松岡さんのお母さんが知り合いだから、何かのときに、

理由を聞いておくよと、そう言ってくれる。


「中谷は正直だからな、顔に、その気がありませんと出ていたのかもしれないぞ」


編集長は、少女漫画界の重鎮の先生に対しても、不満があるとすぐ顔に出ると、

私のことを指差して笑い出す。


「どさくさに紛れて、仕事の否定をしないでください」


私はそういうと、おごってもらう予定の『カフェオレ』を飲むことにした。



6-②




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