6 危険な香り 【スティンガー】 ②

6-②


『未央、仕事が終わったら寄れよ』



啓太からのお誘い。

私は両肩にかかった『お見合い』のプレッシャーから解放され、

仕事を手際よく終わらせる。

啓太は仕事関係の人から『ローストビーフ』をもらったと、メールに書いてあった。

となると、ワインが必要。

手っ取り早くスーパーに立ち寄り、お安いけれど飲みやすいものを購入する。

おかずとして味わうことを考えて、他にもあれこれカゴに入れた。

私はハミングをしながら、『オアシス』までの道を歩く。

インターフォンを鳴らすと、『はい』という返事と同時に、扉が開いた。



「乾杯!」


啓太の用意してくれた『ローストビーフ』と、私が調達したフランスパンとか、

コーンスープとかが、適当に食事の形を整えていく。


「……美味しい。すごく美味しいよこれ」

「だろ。『コレック』でどうですかなんて言われたけれど、値段を聞いて驚いたよ。
誰が注文するんだってくらい、高い」


啓太はファミリーレストランには、それなりのものが必要なのにと、

また1枚を口に入れる。


「でもいいじゃない、こんなふうにいただくことが出来て」

「うん」


私は、啓太が横にいてくれる当たり前の時間を味わいながら、

今はまだ、何も変わらないかもしれないけれど、重なっていくものが増えれば、

変えることが出来るのではないかと、思い始める。


「これ、ラザニアじゃない。これももらったの?」


啓太の勤めている、レストランにあるメニューにあるのかと思いながら、

私はフォークを動かしていく。


「香澄がくれた。自分で作ったんだと」


美味しいねと言おうとした口と、次を運ぼうとした手が、一気に止まる。


「香澄ちゃんが?」

「うん……だいぶ、生活にも慣れてきて、下のキッチンを借りて、
自炊もするらしい」


啓太はラザニアをお皿に乗せて、当たり前のように味わっている。


「あの子……頑張っているんだ」

「あぁ……」


私の職場に、わざわざ啓太を好きだと言いに来た女子大生。

こうして手作りのものを渡されているのを見ると、なんだか無性にイラッとする。


「啓太」

「ん?」

「今度、私がここで食事を作るから」


買ってきたものを食べたりすることも嫌ではないけれど、

料理が出来ますよとアピールする人がいるのをわかっていて、

自分がそれを出来ないのは、どこか悔しい気がする。


「無理しなくていいよ。未央は仕事が忙しいし。会えるのはいつも遅いだろう」

「会える日を決めたら、作って持ってくる」

「だから、無理……」

「無理ではないって」


私だって『ラザニア』くらい、できるのだから。


「いいでしょ」


私が啓太を見ると、あいつはどこか余裕のある顔で笑っている。


「女子大生に、焼き餅やいてどうするんだ」


啓太はそういうと、余裕のある顔のまま、ワイングラスを持つ。

テレビには、どこかの国で行われているオートレースの模様が映っていた。

啓太の視線が、興味深そうに前に向かっている。

『恋人』ではないからだろうか。別に料理なんてどうでもよくて、

ただ、満たすための間柄だから、ある意味、求められないのだろうか。

私は、テレビという、そんな動かしようのない時間にまで、苛立ちを隠せなくなった。

グラスをテーブルに乗せ、啓太の膝の上をまたいで座る。

向かい合うように座ったため、啓太の顔が、私の視線の下にある。


「もう酔ったのか? 画面が見えませんけれど」

「見えないようにしているのだから、当然です」


今日はパンツスーツ。だからこんな格好が出来る。

両手は啓太の首に回し、しっかりと視界を遮った。


「ほら……未央、ふざけなくていいよ、邪魔だ」

「だったら、払いのけたらいいでしょう」


何をしても焦ったりしないし、どんなことがあっても、いつもマイペース。

啓太の余裕が、妙に癪に障る。

いつも乱れてしまうのは私。

だから今日は、私が啓太を酔わせてみたい。



私自身に……



自分に自信が欲しい。

どんなに女子大生が迫ろうとも、啓太は相手にしないだろうと。

契約書などの形あるものはない関係だけれど、この私がいる限り、

触れ合える距離には、入れさせない。



私は、自分でブラウスのボタンを外し、啓太の前で脱いでみせる。

啓太の視線を感じながら、唇を塞ぎ、その奥へと舌を動かした。

余裕ばかり見せないで、たまには私に負けなさいと、懸命に舌先で語りかける。



啓太からの返事があったのは、それから数秒後。

私はそれを避けるように、唇を離す。


「ん?」


私は啓太の首筋にキスを落とし、耳たぶに触れ、軽く噛んでみる。

啓太の身体が一瞬、ピクッと動いたことがわかり、思わず息を吐いた。



きっと……動く。



私の背中に啓太の手が回り、次の瞬間、解き放たれた。

受身になっていた啓太の手が、私の膨らみに触れていく。


「未央……」


私はその手を払うようにした後、横になってと視線を送る。

啓太は、私の顔をじっと見る。


「何?」

「どこでそんな視線を覚えたんだ」


誘う視線、導く視線。

私は啓太を自分に酔わせたくて、ただ必死だった。


「……あなたでしょう」


たった一言、それだけ。


「そっか……俺か」


啓太はそう言って笑うと、私に口付ける。

私たちは互いに身体を支えあいながら、ソファーに寝転んだ。

レースなんて、誰が勝利しようがどうでもいい。

ラザニアだって、いざとなったらどこでも調達できるのだから。



啓太に今、求められているのは私だけ。

その幸せに浸っていたくて、私は愛しい人の目を、見続けた。



6-③




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