6 危険な香り 【スティンガー】 ③

6-③


部屋に戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。

私が主導権を握り、啓太を酔わせていたつもりだったのに、

時間が経ってふと気付くと、酔っていたのはやはり私だった。

啓太は泊まっていけばいいと言ってくれたけれど、明日はゴミの日。

これを逃すと、また4日後になってしまうため、出来なかった。

さすがに何日もゴミと一緒に生活はしたくない。



こんなことなら、昨日のうちに共同置場に出しておけばよかった。



しばらく横になっていたけれど、何もしないわけにはいかず、

浴槽の蛇口をひねり、お湯がたまっていくのを待つ。

自分で盛り上げたのだから仕方がないけれど、ものすごい脱力感。

それでも、なんだか嬉しくて、自然と顔がにやけてくる。

3年付き合っていた男と会っていた頃には、こんな感情持ったことがなかった。

食事をしたら、なんとなく抱き合うものだと思っていたし、

会おうと約束すれば、なんとなく触れ合うものだと思っていた。

終わったらそれで終わり、また会いましょうというような、

さっぱりした気分だったのに。

年齢が重なったからだろうか、それとも、相性だろうか。



相性だったら、嬉しいけれど。



部屋にある普通のベッド。

啓太のベッドに慣れてしまい、とても小さく感じてしまう。

私は床にあったクッションを掴み、お湯が浴槽に溜まるまで、

ポストに入っていたちらしを選別することにした。





母と編集長に話をしたことで、私自身はとても気楽になった。

確かに、『クリーナの3番』は、おそらくこれから誰に話をしても、

ドン引きされるに違いない。つまり、松岡さんも、

このお見合いを成り立たせる気持ちがなかったのだ。

そう思えば、『先日は、ありがとうございました』の挨拶の後に、

せっかくの機会でしたがと、お断りの文章をつけてしまっても、

『それなりに』済みそうな気がしてしまう。

私の性格まで、1度目の会話で見抜くのは難しいだろうが、

どちらかといえば、『バツならバツ』と、堂々と言ってくれた方が好きなのだけれど。

そんなことを考えながら、眉村先生のご自宅に向かう。

いつも日当たりのいいテラスには、どこから入ってきたのかわからない猫が、

温かい日差しを全身に受けながら、気持ちよさそうに眠っていた。

今年は梅雨なのに、あまり雨のイメージがない。


「おはようございます」

「あぁ……中谷さん」


眉村先生は、両手に持っていたペンを納めると、両肩をグルグルと動かした。

私は、少し揉みましょうかと聞いてみる。


「いいの、いいの。人につかまれるとくすぐったいだけで、耐えられないから。
私はもっぱら、あれ」


先生のご自宅の廊下。そこには『マッサージチェア』が置いてあった。

見た目、結構新しく見える。


「あんなところにありましたっけ」

「あれね、いただきものなの。主人が転勤の決まった会社の同僚からもらってきて」


先生のご主人は、大手の玩具メーカーに勤めている。

プラモデル作りが趣味で、その延長戦なのか、食事を作るのも好きだと聞いたことがある。


「へぇ……」

「中谷さんも、疲れているのなら使って」

「いえいえ、私は」


編集という仕事をしているのに、あまり肩が凝ったと思うことはない。

同僚たちが『渋い顔』をしているのを見ると、大変そうだなといつも思っている。


「えっと……原稿よね」

「はい」


そう眉村先生の『ただ……君が好き』。

現在、圧倒的な強さで、読者の心をわしづかみ中なのだ。

電子書籍の売り上げも、先生の作品が載る雑誌の方が、3割多い。


「あ……これこれ。はい」

「ありがとうございます」


担当者の特権。誰よりも早く、続きが読める。

確か前回は、いきなり街で知り合った社長に、

強引に迫られキスをされたところまでだった。

20代で大手企業の社長。

当たり前のようにイケメンで、もちろん背も高い。

1枚ずつ、丁寧にめくっていく。

主人公は仕事に失敗し、担当上司に呼び出される。

これで辞めなければならないのかと思うと、なぜか前に社長が立っていた。


「おぉ……」


思わず声を出す。


「ん? 何? どこを見たの?」

「いえ、上司かと思って扉を開けると、社長なんですね……」

「そう。まどろっこしいから、自分がこの子を教育すると、担当を引き受けちゃうのよ。
うふふ……教育よ、教育」


世の中の社長さんが見たら、どう思うだろう。

『ありえないから』と叫ばれるかもしれない。


「まぁ、二人の時間を増やすことが大事だし」

「そうですね」


漫画は漫画。現実にピッタリ寄り添う必要などない。

これは『別世界』だとわかって、世の女性たちも酔っているのだから。


「先生、これ、お願いします」

「はい」


奥の部屋で色付けをしていた若いアシスタントが、眉村先生のところに、

別のイラストを運んできた。こっちはスーツ姿の男。

どちらも甲乙つけがたく素敵に見える。


「あれ? そういえば園田さんは」

「園田さんはお休み」

「休み?」


私は、また1週間とかですかと、思わず聞いてしまった。

先生は違うわよと笑って返してくれる。


「大丈夫よ、ちゃんと仕事をしてくれているから。
ただね、前よりもマイペースにやらせてくれって言われて、
若い子もいるし、わかったわと」


眉村先生は、私を手招きする。

私は数歩前に出た。


「ねぇ、これ見てくれる?」


先生が薄い引き出しを開けて、出してくれたのは1枚のデッサンだった。



6-④




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント