6 危険な香り 【スティンガー】 ④

6-④


左側にあるのは男性の後姿だろうか、少しだけ斜めに傾いた顔の輪郭、

耳とうなじのバランス。顔のパーツは見えないのに、

この人はきっといい男だろうと、想像させるような角度がそこにあった。

右側には、真横から見たのかと思えるもの。


「同じ人ですかね」

「だと思うのよね」

「だと思うって……あ、先生のではないのですか」

「私? 違うわよ、絵が違うでしょう」


私は確かにそうですねと頷いた。

眉村先生のラインとは、明らかに違う。

でも、この絵にもなんとも言いがたい『色気』がある。


「これ、あちらにいるアシスタントさんですか、描いたの」


私の問いかけに、眉村先生は首を振り、右隅にあるテーブルを指差した。


「エ!」


驚いてしまい、大きな声を出してしまったため、すみませんと頭を下げる。


「ううん、そうでしょう。絶対にそうなると思っていたの」


このデッサンを描いたのは、園田さんだった。

編集長の所に原稿を持ち込んできた時の絵とは、全く違っている。


「本当にですか」

「そうなの。だから園田さん、どうしてこっちのタッチで描かないのって、
この前、言ってあげたのよ」


眉村先生は、この絵が描けたら、ストーリーを組み立てるのは上手な園田さんなのだから、

1本立ち出来たのではないかと悔しそうな顔をする。


「ですよね……この絵は……」


眉村先生のように、曲線をうまく使っているというより、この絵には『影』が存在する。

人には表と裏があって、見えない部分もどこかからにじみ出ているような、

そんな危うさを感じてしまう。


「描けたのよね、彼女」

「エ……」

「本当は描けたのだと思う。でも、描けなくなった」


眉村先生は、ある日、突然ペンが思うように動かなくなるときがあると、

プロの話をし始める。自分の作品でも、その時代によって、

タッチが変わってしまうのだと、教えてくれた。


「園田さん、もう一度、この絵を出してみようかと考えているみたい」


その決意を聞いた先生も、園田さんが自分の作品作りを優先できるように、

仕事を少しセーブさせたと話してくれる。


「昼間に進むこともあるし、夜の方が乗るときもあるみたい」

「そうなんですか」


私は左右に描かれた男性のデッサンを見る。

素敵な絵だなと思いつつも、どこかで知っているような、そんな複雑な気持ちになった。





お見合いが終わってから1週間後、

カレンダーは7月に入り、今日は完全に梅雨だとわかる、大雨の日。


「憂鬱ですね、こういう日は」

「そうね、梅雨だとわかっていてもね」


窓にたたきつける雨音、時々吹く突風に揺れる窓。

私はデータ処理を済ませ、それをまとめた紙をホチキスで束ねていく。

すると、ダンボールを持った同僚編集者が、部屋に入ってきた。

先生あてのファンレターや、意見、そしてお叱りの手紙など、

いつもの荷物の中に、小さな小包がある。


「おい、中谷」

「はい」

「これ、お前宛」


斉藤さんに小包を振られ、私はそれを取りに向かった。

コンピューターで印刷された小さな宛名。

確かに、編集部の私宛になっている。


「なんですか、これ」


二宮さんにそう言われたけれど、誰から来ているのかわからないため、

中身も全く予想がつかない。私はとりあえず受け取ると、包装紙のテープを取った。

中に入っていたのは、同じ箱が2つ。



『クリーナ』



「うわぁ……これ、『クリーナ』ですよ。しかも同じものが2つ」


『クリーナ』の箱とわかり、私はすぐに番号を確かめた。

思っていた通り、『3番』だとわかる。


「中谷さんって、『クリーナ』使っていましたっけ」


二宮さんの追及を避けるため、私は箱の下を見る。

誰よりも早く小さなメモを見つけ、それを手に取った。


「あ、ほら、いいから、ちょっと触らないで」

「これ、3番ですよね。こうして買うと、お安いとか?」


二宮さんの声が、いつにも増して大きく感じる。

私はとにかく2つの箱を持ち、自分の机の中に入れた。

そして、手に握ったメモを持ったまま、廊下に出る。

しばらく歩いた後、誰もいない階段の隅で、その紙を開いた。



『あなたに贈る、初めてのプレゼントです』



荷物を出してくれたのは、松岡さんだった。





「香水?」

「はい。編集部に小包で届きました」


私は昼食を終えた後、編集長を廊下に呼び、荷物が来たことを話した。

親にもお断りをする話しはしたし、相手を知っている編集長にも話した。

そして、自分なりにまとめたメールも、松岡さんにきちんと送り、

それは間違いなく送信された。


「どういうことでしょうか」

「いや……どういうって」

「初めてのプレゼントって、困ります」


もらうつもりなどないし、気持ちが悪い。

匂いも好きではないし、彼とこれから会う予定もない。


「しかも2つです。同じものが2つ」


私はその念押しのような小包を、どうにかして欲しいと編集長を見た。



6-⑤




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