6 危険な香り 【スティンガー】 ⑤

6-⑤


編集長は『俺が』という顔をして、こっちを見ている。


「編集長、園田さんの原稿、私に返せって言いましたよね。だったら、今度は、
これ、奥さんのお友達から、戻るようにしてください」


まどろっこしいことをするのは、良くないことだとわかっている。

だけれど、直接私が電話をするようなことも、出来たら避けておきたい。


「お願いします」


私の必死の頼みに、編集長がわかったと言いながら、箱を受け取ってくれる。


「これは……うん」


人には色々考え方もあるだろう。ちょっとした言い違いで、

勘違いされることもあるかもしれない。

それにしても、こういったものを贈るという行為は、非常に不安になる。



『クリーナ』



素敵なメーカーで、好きな香りもあった気がするけれど、

しばらくお店には立ち寄れないくらい、ショッキングな出来事だった。





「エ!」


その小包事件から3日後、私は友人のひとみと待ち合わせて食事をした。

いつもなら部屋でというひとみが、外でいいと言っているのを聞きながら、

ご主人とはうまくいっているのだなと、そう思う。


「『クリーナの3番』を」

「そう……驚いちゃった」

「それは驚くよね。未央、ちゃんと断ったの?」

「断ったわよ。今回は申し訳ありませんがって、そういう文面も入れたもの」


ひとみは『そうか』と言いながらも、相手は営業マンだから、

1回打たれたくらいでは、諦めないのかもよとそう言ってくる。


「営業とは違うでしょう」

「まぁ、そうだけれど」


ひとみには、そもそもその気もないのに『見合い』をするからだと、

正論をぶつけられた。確かに、そこを突かれてしまうと、言い返せない。


「まぁ、それは私もそう思っている。親に言われて、ちょっと、好奇心というか、
なんとなく、刺激というか?」


啓太との関係に、満足がいっているのなら、乗らなかった話かもしれない。

どこか不安な思いがそこにあり、つい、手を出してしまったという気分。


「まぁ、これに懲りて、しっかりしなさいね」


いつもグタグタしていたひとみに、上から目線で言われると、

なんだか言葉の数倍、重いものを落とされた気がする。


「はいはい」


私は、もう少し注文しようとメニューを出して、ウエイトレスを呼ぶため、

左手を上げた。





啓太の部屋のベッド。

両手を広げられる場所の真ん中で、私は啓太を受け止め続ける。

曲げていた左足を伸ばすと、ほんの少しだけ伝わり方が変わる。

啓太が私の脚に触れた。


「どうした……疲れた?」

「ううん……」


私は気にしないでと手を伸ばし、もっと触れて欲しいと耳元に口付ける。

啓太は私の体を起こすように、背中の後ろに手を回した。

与える感覚も、与えられる感覚も、また少しだけ変わっていく。

啓太の大きな手が、私の髪の毛をかきわけ、奥へと進んでいく。

体全体が啓太を捕らえ続け、さらに深くなる思いに、思わず声が出て行ってしまう。

この夜がずっと続けばいいのにと思いながら、私は体をそらし、何もかもを受け止めた。



まどろむ部屋の明かりは、窓の外に輝いている月。

啓太は、隣で深めの息を吐く。

そして、少し汗ばんだ私の髪の毛を、鼻先につけた。


「この香りが落ち着くな……自然と気分があがる」


私は啓太の言葉に、ふと松岡さんのことを思いだした。

『クリーナの3番』。

人には確かに好きな香りがあるだろう。

せっけんの匂いが好きだという人がいれば、柑橘系の方がいいと言う人もいる。

でも、それは『好きな人』という前提が、そこにあるのではないだろうか。

いくらいい香りがしても、その人間の評価がなければ、気持ちまで上向きにはならない。


「ねぇ……この香りがしたら、誰でも気分があがる?」


私は自分の考えを『肯定』させたくて、啓太に話を振っていく。


「妙な質問だな。そういう経験がないからわからないよ」


啓太は私の髪の毛を手離すと、また天井に目を向ける。

こういうときに、『未央だけだ』と、どうして言えないのだろう。

私はこのまま夜を終わりにしたくなくて、自分の指を、啓太の首筋から、胸、

そして、おへその方へと動かしていく。

啓太はくすぐったかったのか、身体を横に向けてしまった。

今度は、大きな壁のように見える背中に指を置き、

『みお』とひらがなで自分の名前を書く。

少しでも、私のことを、特別に見て欲しいから。


「……ん? 味噌?」


啓太は、『みそ』と書いたのかと、私に聞いてきた。


「書くわけないでしょう」


どうして背中に『みそ』と書かなければならないのだろうか。

楽しい時間を続けようとしていた自分の行動が、ばかばかしくなり、

私は啓太と反対側を向くようにすると、思い切りケットを引く。

目を閉じようとしたら、背中に啓太の重みを感じた。


「未央……だろ」


啓太はわかっていたのだと、人の名前を耳元でささやいた。

私は『味噌』だと、言い返す。


「未央といると、飽きないな……」


私の後ろから聞こえた啓太の声は、特別素敵な台詞ではないはずなのに、

心の中で、じわりと広がってくれた。

私はその言葉を頭の中で、何度も繰り返す。

ずっと、ずっと、この時間が続いてくれたら。

きっかけは、妙な時間からだったかもしれないけれど……



私は笑って生きていける。



啓太の方に振り返り、身体にケットをかけてあげる。

優しい夜に身を任せながら、ゆっくりと眠りについた。



7-①

《プレラブ プチ知識 タイトル写真》

6 【スティンガー】

★カクテル言葉は『危険な香り』

材料は、ブランデー 3/4、ホワイトペパーミントリキュール 1/4





コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント