7 強さと優しさ 【ウォッカ・アップルジュース】 ①

7 強さと優しさ

7-①


香水事件から1週間後、何気ない茶色の封筒が届く。

手書きの文字、無造作に貼られた切手。

こんな封筒は、よく編集部に届く。

高校生などが、自分の作品を強引に送りつけてくることがあるからだ。

季節は夏に向かっている。ちょうど、将来に対して、

何か活動をしなければと、気持ちがざわつく頃なのだろう。

私は、はさみで封を切り、中を見た。

入っていたのは、原稿ではなく、長方形の箱。

その箱のふたを開けようとしたとき、ふわりと出てきた香りに手が止まる。



『クリーナの3番』



あのアイスクリームのような甘い匂いが、封筒から外に出ようとしている。

私は箱の下に、前回と同じ色のメモを見つけ、それをつかむと封筒を折り、

机の中に押し込んだ。

廊下を歩きながら、どうしてこんなことが起こるのだろうかと、必死に考える。

お断りしたという私の意思が、なぜ届かないのだろう。



『あなたに似合いそうな、スカーフを見つけました』



まだ見ていないあの箱の中に、スカーフがあったのだとわかる。

だとすると、そのスカーフに、香水をつけたと言うことだろうか。

驚きながらも、下の文章も読み進める。



『未央さんのフレアスカートのスーツに、アクセントとして』



私は廊下に立ち、360度を見渡した。

どうして『フレアスカート』のスーツを知っているのだろう。

松岡さんと会ったときには、タイトのスカートだった。

フレアを着てきたのは……



5日前。



全身の血の気が、一気に引いていく。

この人は、私をどこかから見ているのだろう。

携帯番号は確かに交換した。職場も編集長の知り合いなのだからわかっていると思う。

だからといって、彼にも仕事があるはずなのに。

私が外に出る時間や、出社、退社の時間など、わかるはずがなくて。



もし……

知らないうちに、後ろを着いてこられていたら。



私は速くなる鼓動をなんとか静めながら、編集長を探す。

川口編集長は、こわばった顔の私を見て、2、3歩、後ろに下がった。


「どうした、原稿が落ちたか」

「違います……」


編集長を廊下の隅にまで引っ張り、私はスカーフのことを話す。


「今度はスカーフか……」

「箱を開けたとたんに、『クリーナの3番』の香りがしたので。
実際にはまだ見ていません。でも、私がフレアスカートのスーツを着ていたって、
文章に書いてあって。あの、松岡さんにお会いした時には、着ていませんでしたし」


言いたいことが山ほどあって、次から次へと言葉が出ていってしまう。

でも、本当に言いたいことは、たった一つだった。


「編集長、香水、戻してくれましたよね。
私がお断りすることも、話してくれましたよね」


実行してくれていたのなら、すぐに返事が戻るだろう。

数秒間の妙な間が、『まだです』という無言の返事を聞いてしまう。


「編集長!」

「いやいや、ごめん。だって、ほら……まさかさ」


編集長は、ここ数日、色々とあってと、必死に言い訳をしてきた。

私は、2回届いた小包は両方気持ちが悪いけれど、

今回の方がさらに怖いと、その現実を訴える。


「どこかから見ているのではないかという、そういう怖さがあるんです。
見られているかもしれないと思うと……」

「わかった、今日、今日話す!」


私は編集長にお願いしますと頭を下げ、自分の席に戻った。

茶色の封筒を入れた引き出しを開け、そのままをさらに封筒に押し込み、

編集長の前に出す。


「絶対に、お願いします」


これ以上、怖い思いをしたくない。

私は少しでも早く封筒から離れたくて、編集部を出た。



今日は、別雑誌の担当になった人の代わりに、

新しい先生のところに原稿を取りに向かう日だった。

知らない路線と、知らない道。

スマートフォンの地図を見ながら進んでいくと、

視界の隅でスーッと人が動くのがわかる。

私はすぐに顔をあげた。


『絶対にありえない』


そう思うのに、どこかから松岡さんが見ているのではないかと、

そんな重苦しい空気に包まれてしまう。

今はまだ昼過ぎくらいで、人通りも多いし、世の中全体が明るい。

しかし、夜になったら暗闇の中に誰かがいても、気付けないかもしれない。

曲がり角に小さな交番があった。

外についているボードには、昨日、このあたりで犯罪が起きたのかどうか、

その件数が何件なのかという表示がついている。

『ひったくり』と『交通事故』

私はちょうど目があった警官に頭を下げ、またまっすぐに歩き出した。





香水とスカーフ。

そのハプニングから1週間が過ぎた。梅雨は明け、朝からセミがうるさく泣き始める。

編集長は、あれからすぐに奥さんと話し、松岡さんのお母さんとも連絡を取ったと、

教えてくれた。あまり相手を責めるのもと思い、編集長は私という人間は、

いつも人の話を楽しそうに聞いてしまうので、勘違いをさせてしまったのかもと、

出来るだけ、このおかしな贈り物に対して、オブラートで包むように語ったと、

報告してくれた。

行動だけ、止まってくれたらそれでいい。

私は『ありがとうございます』と返事をして、仕事に戻り、

またいつもと同じような時間を、迎えることになった。



7-②




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