7 強さと優しさ 【ウォッカ・アップルジュース】 ③

7-③


「次号ですか」

「そう……眉村先生のイラスト」

「いいですね、やっぱり」

「でしょ」


電子書籍の女性コミック部門では、

ダントツの人気を誇る『ただ……あなたが好き』が、秋号の表紙を飾ることとなった。

モノクロだった主人公と相手役の若き社長に、色が入る。

筋肉にも影が出来て、男性らしい体つきに磨きがかかり、

女性の唇のつやっぽさも、かわいらしいピンク色がさらにプラス要素をつける。


「眉村先生のイラスト展、人気だと言うのはわかる気がします」

「うん」


印刷所にこの原稿を入れて、

部数の最終チェックをすれば仕事はとりあえず区切りがつく。

身体が解放されるのだとわかったからなのか、無性に啓太に会いたくなった。

今日はいるだろうかと、メールを送るため、携帯を開く。


「エ……」


『新着メール 70件』

私はすぐに受信メールのボタンを押す。

出てきたのは、『無題』と書かれたものばかり。

しかし、送って来たのは、『松岡さん』だった。

1分おきくらいに、ずっと送り続けられたメール。

それが今日だけで70件。

昨日、私はあらためてお見合いについてはお断りをしますというメールを、彼に送った。

お見合いの後、すぐに送ったメールには、相手に気を使うような文章を、

それなりに並べたところもあったが、今回は、理解してもらわないと困るため、

『これ以上の贈り物や連絡はお断りします』というハッキリとした拒絶を入れて、

文章を送信した。

『いい人だけれど』という断りより、『あなたは好きではない』という断りの方が、

誤解を避けられると、思ったから。

とりあえず、私は一番最後に送られて来たメールを開いてみる。

すると、数えるのも嫌なくらい、『松岡未央』と勝手に名前をつけられ、

それが繰り返し打ち込まれてあった。

1列にしっかりと並び、ズレのない名前に、私は携帯を伏せる。


「どうしました?」

「ううん……」


残りの69件全て読まずに消してしまおうと思ったとき、

またあらたにメールの届く音がした。

私は伏せた携帯を表にする。

やはり『無題』

開くとそこには……



『このまま消えてしまえ』



読み直すのも恐ろしくなるような言葉が並んでいた。

一緒に添付されているのは、なんだろう。

指でボタンを押す。



……これ



ホームで電車を待っている私。

出版社を出て、一番最初に通る改札。そしてホーム。

ここから5つ電車に乗って、もう一つの路線に乗り換える。



全く気付かなかった。

撮られていただなんて。



冷や汗が、両手からじわりと浮きあがってくる。

落ち着かないとならない呼吸まで、どこかおかしくなってきた。

心臓の音は耳に届くくらい、忙しく動く。



私は……



さらにメールの音。

私はもう一度画面を戻す。


「中谷さん、どうしたんですか、なんだか……」


二宮さんが、心配してくれているのがわかるので、私は精一杯冷静さを保ち、

席を立つ。


「ちょっと、連絡するところがあった、これ、後で見るね」


ふらつきそうになる足を必死に運び、廊下の奥にある階段の隅に立った。

後ろに誰も立てないように、背中は壁にしっかりとつける。



また、『無題』



開いたメール。



『ここで突き落とせばよかったかな……君が僕のものにならないのなら』



駅のホーム。

世の中にはそんな事故の話も、あることはある。

だから、あまり線路に近い場所に立つことはなかったが、

もし、携帯の画面でも見ていて、そう、あの写真のように無防備に立っていたら、

そのとき、男の人に思い切り押されたとしたら……



私は……生きていられないだろう。



好奇心だったのかもしれない。

啓太との時間が、どこかうまく流れないこともあり、少し気持ちが緩んだのかもしれない。

その気もないのに見合いをするのがおかしいと、ひとみにも責められた。

私が悪いことは認めているけれど……



それでも、ここまで追い込まれなければならないのだろうか。



私は、松岡さんからのメールを全て消そうと思ったが、

どこかからストップがかかった気がして、指を止める。

そう、ここまで来たら、私だけでは太刀打ちできないかもしれない。

『ストーカー』として、迷惑行為として認定してもらうには、

このメールは証拠として残しておかなければ。



私は間違えて消してしまわないように、1つずつしっかりとロックをかけた。





『今日は店を出るのが遅いから、10時過ぎてからならいるよ』



啓太に送ったメールの返事。

レストランを数店舗見ているのだから、夜遅い時間になるのも仕方がない。

私は時計が10時になるのを待って、編集部を出ようとする。

啓太のマンションまでは、5分もかからない。

コンビニがあり、レンタルビデオショップがあり、ガソリンスタンドもある。

暗い場所など存在しないのだからと、階段を降り、会社の玄関を出た。



足が……動かない。



明るい場所であるだけに、車は結構道路を走る。

あのメールのように、どこかで松岡さんが見ていて、

私を走ってくる車の方に突き飛ばしたら、どうなるだろう。

考えても仕方がないことから、頭の中は動かない。



情けない……たった数分間さえ、思い通りにならなくなるなんて。

終電が終わっても、ハミングしながら通った道なのに。



啓太に会える、道なのに……



私は、震える手で携帯を開く。


「もしもし……啓太? ねぇ……迎えに来て」

『どうした』

「理由は話すから。お願い……足が動かないの」


私のただならぬ声と訴えに、啓太はわかったと返事をした後、電話を切った。



7-④




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