7 強さと優しさ 【ウォッカ・アップルジュース】 ④

7-④


それから15分後、自転車に乗った啓太がやってきた。

私はその姿を見て安心し、出版社の玄関前から走り出す。

自転車を止めた啓太の腕を掴まえ、ただ大きく息を吐いた。



歩道の上を、自転車を押しながら歩く啓太と、その上着を右手でつかみ、一緒に歩く私。

あれだけ怖かった一歩が、今はなんでもなく出せる。

啓太がそこにいるというだけで、もう大丈夫だと思えるから。


「どうしたんだよ、こんなこと今までにないだろう」

「うん」

「会社で嫌なことでもあったのか」


私はその言葉に、黙って首を振る。

迎えに来てもらう前までは、何もかも話す気持ちだった。

でも、いざとなると、向けられる視線が怖くなる。


「ん? だとすると、新しい甘えのテクニックか?」


啓太はそういうと、面倒なことはいいよと、笑い出す。


「私ね……『お見合い』したの」


言うしかなかった。啓太にはウソなどついても、見抜かれてしまう気がするから。


「……そうか」


やはり、思っていた通りだった。

どうしてそんなことをするのかという追求より、『そうだったのか』という、

どこか他人事のような返事。


「父の元上司が、そういうお節介を好きな人で、会うだけでいいって言うし、
編集長の奥さんと、相手の人のお母さんが知り合いだったり、なんだか、
会わないで終わりが出来なくて」


頑張るぞという気持ちで望んだわけではない。

私は、あくまでもそうなってしまったからだと、言い訳を前面に出す。


「うん……」


啓太は、ただ私の言葉を受け入れるだけ。

新しい展開に持っていくつもりはないらしい。


「松岡恒矢さん、32歳、『ミルージュ』の営業マンだった。恋愛で人を選ぶより、
結婚相手はお見合いの方が、他人から見た評価もプラスされるので、
いいのだと、そんな理論を持つ人で……」


多少強引なところもあったけれど、あの話を聞いているときは、

そこまで妙な感じはしなかった。


「仕事は自由にすればいいし、女性だからといって、
家のことをしなければという考えはないと説明されて……」


啓太には話をしなくてもいい内容だったかもしれない。

でも、何もかもを聞いてもらって、判断して欲しかった。

この後の言葉を、私の態度を、啓太がどう取るのか。


「ただ一つだけこだわりがあるって言われたの。一日の終わりには、
『クリーナの3番』をつけてほしいって……」


啓太が横にいる私の方を向いた。

私は視線を合わせる。


「その香水をまとえと……そういうことか」


誰にだって好きな香りはあるだろう。

私だって啓太だって、落ち着く匂いはある。


「うん……」


啓太から大きなため息が聞こえてきた。

どういう意味なのかわからないけれど、言葉にならない言葉が、

闇の中に漂っていく。


「最初から、お断りするつもりだった。でも、その話を聞いた瞬間、
鳥肌が立つくらい、嫌だと思ったの。だから、次の日お断りのメールをしたし、
親にも話したし、知り合いだという編集長にも頭を下げた。だから、もう、
これで終わりだとそう思っていて」

「うん……」


啓太の家まで、あと少しとわかる交差点。

信号が赤だったので、一緒に止まる。


「『クリーナの3番』が小包で送られて来た。しかも同じ瓶が2つ」


私は、その後、その香水を振りかけたスカーフまで届けられたと、啓太に話した。

異様であり、異常な世界がそこにあると、理解して欲しくて。


「未央」

「何?」

「見合いをしようと思う男の気持ちを、軽く考えたらダメだろう」


啓太はそういうと、唇をかみ締める。


「だって……」

「だってじゃない」


啓太に怒られている。

私が悪いのだろうか……この出来事の成り行きは、私のせいだろうか。


「それで?」

「うん……」


私は、さらに編集部宛に、匿名で手紙が届いたことも話した。

『お見合い』の後、松岡さんがこっそり、

私を追いかけていたことがわかるメールの内容に、不快感が増したことも話す。


「確かに彼の言うとおり、『高浜屋』に行ったし、『クリーナ』にも立ち寄った。
でも、彼の思っていることとは全然違うの。久しぶりに出て行った場所だったから、
目の保養をしようと思っていただけだし……確かにドレスは綺麗だなと思った。
でも、松岡さんとの結婚式なんて、思い浮かべていない」



私が浮かべていたのは、啓太……あなたのこと。



「『クリーナ』に行ったのは、言われた香りがどんなものだったか、
確かめてみたくなっただけで……全然違うの」


それから私は、あらためてお断りのメールを打ったことも話す。


「念押ししたのか」

「だって……」


話をしているうちに、啓太のマンションに着くことが出来た。

一緒にエレベーターに乗り、3階で降りると部屋に入る。

私はヒールを脱いで中に入り、カバンを置きながら、話し続ける。

誤解を生まないためには、ハッキリ言わないと、勘違いされないくらいの文章でないと、

またおかしくなると思ったこと。どうせなら嫌われてしまいたいと思ったことなど、

啓太の部屋という安全地帯に入れたからなのか、そこからは強気のコメントを並べた。

啓太はソファーに座る。


「見て……これ」


私は携帯を取り出し、今日のメールについて説明をした。

相手が私の写真を撮っていたこと、『死』を連想させるようなコメントを書いたこと、

見ていないメールにも、同じようなことが書いてあるのだろうということ、

冷蔵庫を開けて、以前も見つけた小さなサイダーの缶を取り、プルを開ける。

私がそんなふうに嘆いている間、啓太は何やら指を動かしていて……


「未央……」

「何?」

「未読のメール、全てが脅迫ではなさそうだぞ」

「エ……」


啓太は、私が気持ち悪いと思い、開かなかったメールを開いたようだった。

見せてくれた画面には、数行の言葉が並んでいる。



『あなたが僕のそばにいてくれたら きっと毎日が楽しいと思う
だから僕を見て欲しい』



「言っただろ、『見合い』というのは、遊びじゃないんだ」


啓太はそういうと、携帯をテーブルに置いた。



7-⑤




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