8 本音と建前 【クロンダイク・ハイボール】 ①

8 本音と建前

8-①


「これが部屋の鍵。いいか、無くすなよ」

「うん」


次の日、私は鍵を渡された。

啓太のいない部屋に、来たことなどないので、少し嬉しくなる。

『合い鍵の関係』だと、さらっと言いたくなったが、また傷つく言葉を言われそうで、

何も言えなくなる。

私は啓太と一緒にマンションを出たあと、

一度部屋に戻り、数日間の荷物をスーツケースにまとめていく。

その荷物を持ちながら、また啓太の部屋へ戻った。

渡された鍵を使い、自分自身で中に入る。

大きなソファーがあるリビングと、ベッドのある部屋。

スーツケースをどこに置こうか考えながら、部屋の中を歩いた。

キッチンには、よくみると、フライパンひとつしかないし、

リビングにテレビやオーディオはあるとはいえ、あとはそれほど物がない。

いつも来るのは夜だし、お酒を飲み、二人の世界に入ってしまうから、

それほど気にしたことはなかったけれど、男性の部屋ってこんなものだっただろうか。

昔、つきあった洋平の部屋には、集めていたスニーカーが何足か飾られていたっけ。

私はスーツケースをテレビ台の横にあるスペースに置き、ベッドのある場所に向かう。

部屋に堂々とあるベッド。

その横には、啓太の洋服が入っている低めのタンスがある。

ベッドからすると足元の方には、押し入れ。

私は、仕事に向かうことなど頭の中から消えていて、『啓太を知りたい』一心で、

開けたことのない場所を開けた。

いくつも重なるプラスチックのケース。クリーニングに出されたあとのワイシャツ。

他にも服が入っているものもあるけれど、その奥にあるケースには、

中に丸い缶が入っていた。

『ディズニーランド』のお菓子の缶。

少し色があせているのは、その缶が、何年か前から啓太の元にあるということで、

少なくとも、私と出会ってからの8ヶ月くらいでは、ないと思う。



昔の彼女が、くれたものだろうか。

中に何が入っているのか確かめてみたくて、私はケースを開く。

楕円形の缶。

その蓋に手を乗せた時、救急車がサイレンを鳴らして走っていくのがわかった。



突然の大きな音に、思わず動きが止まる。



そうだった。ここは啓太の部屋。

私は、自分がしていることの危うさに気づき、扉をそっと閉めた。





『コレックというレストランで、一度お会いして話をしましょう』



私は、それからも何通か届いたメールに返信することはなく、

この文面から続く、『再会の願い』を何度も松岡さんに送った。

互いに仕事が終わったあと、会える場所と言うことと、

会って欲しい人がいるということを載せ、松岡さんの返事を待つ。

返事をただ待っているわけにはいかず、私は遅れて出てきた原稿を持ち、

印刷所に向かった。





啓太の台所にはフライパンひとつしかないので、今日は『パエリア』を作ることにした。

魚介類を入れて、サフランを入れる。見栄えがいいけれど、意外に簡単だ。

ワインは、スパークリングのロゼを選び、しっかりと準備する。

啓太は何時頃戻るのだろう。鳴りそうになるお腹に、もう少しと言い聞かせていたら、

扉の開く音がした。


「お帰り、啓太」

「……うん」


一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにこの状況を受け入れてくれた。


「パエリア?」

「そう……フライパンひとつでと思ったら、これが浮かんだの」


ファミレスの『コレック』でもあるかもしれないが。


「いい匂いだ」

「うん」


一緒に食べようと啓太を誘い、私はテーブルを片付ける。

啓太はスーツ姿から、よく着ている部屋着に着替え、ソファーに座った。


「スパークリングか」

「そう……」


啓太は、私の料理を美味しいと褒めてくれた。

私は、そんな何気ない言葉がとにかく嬉しくて、

次は何をつくろうかなと、スマートフォンを開く。

フライパン一つでも、結構、作ることが出来る料理があると、ネットのサイトで知った。


「なぁ、松岡さんからは連絡があったのか」


松岡さんの名前を出されて、現実に戻る。

私は首を左右に振った。


「そうか……数日待っても来ないのなら、編集長だっけ?
間に入ってもらった方がいいかもしれないな」


啓太はそれからずっと、松岡さんのことを気にしていた。

わかっている。あの出来事があったから、私は避難場所としてここにいることは。

松岡さんと話をして、妙なことがなくなれば、



また、元の関係性に戻るということも。



「ふぅ……」


ワインの炭酸が、身体の中ではじけていく。

心地よい時間には、必ず終わりがあるのだと、そう教えてくれるように。



それでも、その短い時間の幸せを味わいたくて、

また、手を伸ばす。



食事を終えて片付けを済ませ、リビングにいる啓太を見た。

何やら仕事の書類だろうか、テーブルの上に、数枚の紙がある。

右手には黒のボールペン。時々、何か書き込んでいる。

ファミレスも、今は大変な時代だとニュースで見た。

啓太にも抱えている悩みが、色々とあるだろう。

自分の部屋に入ると、気持ちが落ち着くように、

緊張感を解きほぐす相手に、なりたいと願った私。


これだけ、近い距離にいるのに……

気持ちは遠く、遙か彼方にあるのだろうか。

気持ちを切り替えてお風呂にでも入ろうかと、向きを変えたとき、

左手が洗い終えた食器にぶつかり、ガラスのワイングラスが下に落ちてしまった。

カシャーンと音がして、グラスが割れてしまう。


「ごめん……」


飛び散った破片。すぐに取らないと。


「あ……未央、ちょっと待って、動くな」


啓太はそばにあった雑誌をめくり、数枚破くと、私のそばにきて、

ガラスの破片をまとめていく。


「啓太、ごめんね」

「いいよ、そんなの……お前、怪我は?」

「ない」


啓太は『そうか』と言いながら、手際よく片付けをしていく。


「レストランにいるから、コップや皿が割れるなんてことは、よくあるんだ」


ガラスの破片を入れた紙を、また別の紙にさらにかぶせていく。

私はそれを受け取り、流しの横に置く。

啓太は掃除機を出すと、見つけられないほどの小さな破片まで、取り去ってくれた。



8-②




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