8 本音と建前 【クロンダイク・ハイボール】 ②

8-②


「ごめんね、仕事していたのに」

「いいよ、何度も謝るな」


わかっていても、二人の関係性は変わらないと何度言われても、

こんな小さな優しさに、私は、どこかで風の向きが変わると信じようとする。

前に立つ啓太に近づき、自分から首に手を回す。


「ほら、未央。掃除機持っているんだから、危ない」


私は頷きながら、それでも離れたくなくて。

無言になった啓太が、掃除機を置く音がする。


「風呂……入ろうか」


私は『うん』と頷き、啓太の頬に唇を寄せた。





松岡さんから、『コレック』で会うことを承諾するメールが入ったのは、

最初に送った日から、3日後のことだった。

私は啓太に言われたとおり、しっかり時間と場所を指定する。


「あさっての夜10時」

「わかった。必ず並木通り店にいるから。未央は少し早めに来て」

「うん」


これで全てが終わって欲しい。

私は携帯をベッドの横に置く。

横に眠る啓太を見ると、その手にはまだ携帯があり、何やらメールを読んでいる。


「啓太……」

「うん」


啓太は携帯を同じように横へ置くと、視線を合わせてくれた。

顔が近づくのがわかり、唇が軽く触れる。

すぐに離れたけれど、またすぐに近づいていく。

啓太の身体が動き、私の両手はしっかりと押さえられた。

指と指。太さも長さも、そして力も、全てが私とは違う。

唇から動き出した思いは、首筋に、そして胸へと動いていく。

私は啓太の与えてくれる動きを見ながら、じれったさに脚を動かしてしまう。

待っているのに、唇は触れたのか触れないのか、ギリギリを狙っている。

数秒後、唇が胸の先に向かい、確かに触れたとわかった瞬間、

抑えていた吐息が、私の唇からこぼれ落ちた。

啓太はその息づかいに気づき、私を見る。

『ほら、未央の負け』とでも言いたそうに。


「ねぇ……手を離して」


動きたいのに、動けないなんて。

私の願いを聞き入れた啓太は、指を全て自由にしてくれた。

私は、いつもしているように、啓太の髪に手を、そして指を埋めていく。

啓太の指は、私の脇腹ラインを確かめるように流れ、

脚の縁を滑り落ちるようになりながら、目的の場所にたどり着く。

『これでいいよね』という、挑戦的な顔を見せながら。


「その顔……」

「ん?」

「腹が立つ」


逆らわないだろう、逃げないだろうと聞いているような顔、

この時間を制するのは自分だと、宣言しているような啓太の顔。

言ったとおり、腹が立つけれど、でも……



その通りだから仕方がない。



私は隠せない思いを声に乗せながら、その日は、啓太に『愛される夜』を選んだ。





松岡さんと会う日の前日、眉村先生のところに向かう。

その日は、先生からぜひ来て欲しいと言われ、予定外に訪れた。

アシスタントの若い女性は、いつもの部屋でペンを動かしていて、

先生の右にあるデスクでは、園田さんが最後の仕上げをこなしていた。


「どうしました、先生」

「忙しいのにありがとう、中谷さん」


先生はそういうと、座って欲しいと椅子を出してくれる。


「ありがとうございます」


それだけではなく、何か飲み物を用意するからと言って、部屋を出てしまった。

私は何か用事があるのだろうと思いながら、それがどういうものなのか考えてみる。


「先生、気を遣ってくれているのですよ、あれでも」

「気遣いですか」

「はい」


園田さんは、デスクから何枚かの原稿を取り出すと、私の前に出した。

見覚えのあるタッチ。


「これって」

「はい……私が描きました」


園田さんは、こんな年齢になって、1からなのは遅すぎるのだがと、謙遜する。

私は、首を振りながら、その原稿を読み始めた。

とある店で出会う、わけありの男女。

男性は口数のあまり多くない人だけれど、送り出してくれる言葉には、

深い愛情のようなものが感じられた。

元々、ストーリーを考えるのは、園田さんの得意部門。

それに追いつかなかった絵。でも、驚くほどの変化、それが急にやってきた。

20ページを読んだところで、原稿が終わってしまう。


「あの、続きは」

「すみません、続きはまだです。話しは出来ているのですが、絵が追いつかなくて」


私はそうですかと、心から残念だと思い、口に出した。

彼女が彼をどう見るのか、彼が彼女をどう愛していくのか、向け合う視線だけで、

そこに触れあえるベッドがあるのではないかというくらい、

大人の雰囲気をかもし出している。


「なんとか、1,2ヶ月で仕上げていこうと思っています。
もう一度、川口編集長に取り次いでもらえますか」


園田さんがそう言ったとき、紅茶を取りに行っていた眉村先生も戻ってきた。

紅茶セットをテーブルに置き、私に『お願い』のポーズを取る。


「眉村先生まで」

「だって、あの編集部で一番頼りになるのは中谷さんだもの。ぜひぜひ、
園田さんにもう一度チャンスをください」


眉村先生は、娘のようにかわいい人だからと、園田さんの肩に手を置いていく。


「先生」


園田さんも、先生の言葉に嬉しそうな顔をする。

長い時間、一緒に夢を作ってきた関係。


「大丈夫ですよ、川口には私が言います。ぜひ、この作品を仕上げてくださいね、
園田さん。正直、今、途中で終わってしまって、本当に残念で」


園田さんは、私の言葉に、素直な嬉しいという表情を見せてくれた。



8-③




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント