8 本音と建前 【クロンダイク・ハイボール】 ③

8-③


眉村先生との付き合いと、同じ長さのある園田さんとの付き合い。

でも、どちらかとあまり喜怒哀楽を出さない人だけに、こちらまで嬉しくなる。


「園田さん。これだけ変わったタッチで描けるのは、すごいですよ」


私は、付き合いの長い二人だから、正直に話しをした。

前回の作品も悪くはないが、絵はこちらの方が数倍力がある。


「私、ずっと漫画家になりたくて。高校時代も、絵ばかり描いていて……
でも、描く漫画のように素敵な恋愛など、自分には全く訪れなくて。
大学でサークルに入ったとき、男性の一人が何気なく言ったんです。
園田、お前の体つきは男みたいだなって」


園田さんは、自分の胸に両手をあてた。

今は、パットの入った下着をつけているけれど、

実際には本当にまな板のようなのと、苦笑する。


「別にね、男として意識していた人ではなかったから、その時は何よって、
無視していたつもりだったけれど、鏡を見るたび、自分でもそう思えてきて……」


園田さんは、だんだん男の人と話すことも、男の人と過ごすことも、

怖くなってしまったと過去を振り返る。


「そんなときだった。雑誌で先生のイラストを見て。
女性の女性らしいライン? いやぁ……衝撃的だった。
曲線がこれほどピタッとくるものはないだろうなと、
私、雑誌を買って、眺めてしまって」


園田さんは、その当時はまだ、大人の女性向けではなかったけれどと、先生を見る。


「そうね、野村で描いていた当時はまだ……男も女も洋服を着ていたと思う」


その言葉に、私も園田さんも揃って笑う。


「園田さんなのよ、先生、もっと色っぽい作品を書きましょうって、
私に言ってきたのは」

「そうだったのですか」


私が大学を卒業し、出版社に入社した時には、すでに『眉村しのぶ』は世に出ていた。

『野村』から『眉村』に変えたのも、その頃だったと教えてくれる。


「これからは、どんどんネットが力を持つようになるから。
漫画も、密かに楽しむものに変わるって。より一層、
焦点を絞るような作品作りをしましょうって……ねぇ」

「そうでしたっけ」

「そうよ、そうそう」


眉村先生は、園田さんがいてくれたから、『電子書籍』が力をつけた今、

こうして変わらぬ仕事の量が来るのだと、そう話す。

私はその通りだと、黙って頷いた。

二人の力が融合しているからこそ、『ただ……あなたが好き』は、

女性の心を離さない。


「いい意味で……恋をしたのだと思うんです」

「……『恋』ですか」

「はい。思いを告げるとか、そういう生々しいものではなくて、
綺麗な花を見ているような、そんな気持ちにさせてもらっていたら、
自然と、このタッチを思い出したというか……描けるようになったというか」


園田さんがしまいこんでいた女性としての『恋する気持ち』。

確かに、誰かを好きになっているときは、自分自身にもプラスが増える。


「男の人の背中が素敵だなと、久々に思えて」


園田さんはそういうと、紅茶が冷めてしまうので飲みましょうと、声をかけてくれた。





『恋する気持ち』

私は、眉村先生のところを出てから、ずっとこの言葉を頭の中で繰り返していた。

男に裏切られて、どん底だった私の前に現れた啓太。

あの時、啓太が店にいなかったら、私はどうなっていただろう。

メチャクチャに酔っ払って、家でクラクラする頭を抱えながら、

戻らない相手に対して、ただ、イジイジしていたかもしれない。

罪のない、生まれてくる子供に対しても、妙な感情を持ってしまって、

さらに最低なことをしたかもしれない。

実際、悪口を書いた手紙を、送ってやろうと思った瞬間もあったのだから。



『見合いをする人の思い』



そういえば、啓太に怒られた。

松岡さんも、私のように言われたから仕方なく来たのかもしれないと、

勝手に考えていた。

彼はそんな浮付いた気持ちではなく、本当に将来を考えて、

あの場所に来たのかもしれない。



私が悪かった。

嫌なことをされたとか、考えがわからないなどと言い切らないで、

自分の対応がまずかったことを、まずきちんと謝るべきだった。



そう、謝ろう。

隣に啓太がいてくれるのだから。

怖いものなど、何もない。





そして、松岡さんと再会する日がやってきた。

待ち合わせの時間より、30分早く到着する。

店についたら、名前を名乗るように言われているので、名前を言うと、

バイトの学生は、『お待ちしておりました』と挨拶をし、店の一番奥、

隅の席に案内してくれる。



『reserve』



『予約』という札がついた席。

私はそこに案内された。


「すみません」

「いえ、どうぞ、ごゆっくり」


ウエイトレスがその場を離れると、厨房の奥から、スーツ姿の啓太が現れた。

私の席に向かってまっすぐに歩いてくる。


「未央、夕飯は」

「まだだけれど、今はいい」

「そうか」


時間は夜の9時を回っていた。

本来なら夕食も済ませている時間だけれど、今日はこれが終わらないと、

何も喉を通る気が気がしない。


「10分くらい前には、横に座るから」

「……うん」


啓太はそういうと、またお店の奥に戻っていった。

私は、啓太の姿が見えなくなったあと、やることがなくて、店内を見る。

家族で食事をする人たちがいるかと思うと、カップルだろうか、

いくつものグラスを並べて、何やら互いに携帯をいじっている人もいる。

何も話さず、あんなふうに画面を見ているのなら、ここにいる意味があるのかと思うが、

場所を共有しているというだけで、寂しくないということなのかもしれない。


約束まで、あと20分。

松岡さんの、あの性格なら、時間に遅れてくるようなことはないだろう。

あと、数分で姿を見せるかもしれない。

まずはしっかりと謝って、それで今の自分の状況を理解してもらうこと。

ただ、それに集中しないと。

松岡さんを待っていると、それよりも先に、啓太が戻ってきた。



8-④




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