8 本音と建前 【クロンダイク・ハイボール】 ⑤

8-⑤


「一瞬?」

「はい……」


言葉はそれほど多くなかった。

それでも、啓太の気迫は、隣にいる私にもひしひしと伝わってくる。

松岡さんは立ち上がると、何も言わないまま店を出て行こうとする。


「この店のコーヒーはまずいな……二度と来るものか」


最後まで嫌みを言ったまま、私たちから離れていく。



『ここまで』



私は、横に座る啓太の右腕を掴んだ。

彼がどう出てくるのか、まだわからない。

それでも、啓太は今出来ることを精一杯してくれた。


「はぁ……」


ため息と、呆れた気持ちが入り混じっているだろう。

私は、ただ申し訳なくて、声も出ない。


「未央……」

「何?」

「今、あの人に言ったことは本当のことだ。俺は将来に対しての考えも、
どうなっていこうというようなビジョンも気持ちも持っていない。
今回は彼があまりにも、普通とかけ離れていたから、こうやって出てきたけれど……」


わかっている。

啓太が言いたいことは……


「俺が納得できる男を、連れて来い……」


私は頷くことなど出来なかった。

啓太が認める私の相手なんて、見つけられるわけがない。


「そんな人、いるわけないでしょう」


見つけられるとも思えないし、見つけたくもない。

ただ一瞬、その時だけを考え続けること。

啓太と過ごす方法が、それしかないのなら、私はそれを選ぶ。

松岡さんの空気が、完全に店内から消えていく。

新しいお客様が入り、食事を終えた人が出て行った。


「何か食べるか」


啓太の一言が、狭くなりかけた道に、光を差し込む。


「……うん」


それから私たちは、遅めの夕食を二人で取った。





松岡さんからの嫌がらせとも言える行動は、そこから一切来なくなった。

メールも届かなくなったため、以前送られて来たものは全て消去する。

色々なことに振り回されていたからなのか、季節が真夏になっていたことにも、

今さら気付く。


「あぁ……暑い」

「そうですよね、いくら夏とはいえ、暑すぎますよ」


窓からの日光が容赦なく照らしてくるため、クーラーをいくらかけても、

なかなか追いつかない気がする。元々、パソコンだのFAXだの、

機械が多いことも理由かもしれないが。


「あぁ、もう、外回りします。そういって、どこかで私はウインドーショッピングです」


二宮さんはそういうと、外出の赤いマグネットを名前の後ろにつける。

私も同じようにしたいところだけれど、

特集記事の1つが都合により掲載できなくなったため、

その穴埋め作業に追われていて、席を離れることが出来ない。

手持ちしているネタで埋めようか、それとも何か新しいものをと、

ペンを鼻と上唇の間に意味なくはさんで見る。

すると廊下を園田さんが歩いているのが見えた。

私はすぐに立ちあがる。

前に見せてもらった原稿が、出来たのだろうか。


「園田さん」


私の声に振り向いてくれた園田さんは……



先日よりも、押さえた表情だった。



「あの……川口ですか」


私は、編集長を探しているのかと思い、そう声をかける。


「いえ、今日は体験記の挿絵のことで」


園田さんが編集部に来たのは、同じ編集部員の斉藤さんが頼んだ、

挿絵の仕事がらみだった。新作の完成ではないとわかると、少し力が抜ける。


「そうですか、ごめんなさい」

「いえ……」


園田さんは、すぐに私の前から離れようとしているのか、歩き出してしまう。


「園田さん……あの……」


どうしたのだろう。作品を見せてくれたこの間とは、あまりにも表情が違う。


「何かありましたか」


聞かなくてもいいことなのかもしれないのに、思わず聞いてしまった。

園田さんは首を振り、振り返る。


「中谷さん」

「はい」

「中谷さんは、何かを諦めたこととか、今までにないでしょう」


いきなりの質問に、私は『どういう意味ですか』と聞き返す。


「いえ……ごめんなさい、気にしないで」


気にしないでと言われても、聞いてしまった以上、通り過ぎることが出来ない。


「あの……何か失礼なことでも私、してしまいましたか」


そう、空気が読めないとか、そういうようなことを、

気付かないうちに、してしまっただろうか。


「いいえ、そういうことではないんです。ただ、中谷さんを見ていると、
とてもうらやましく見えてしまって」


園田さんはそれだけを言うと、失礼しますと歩き出してしまった。

私は、なにもかもわからないまま、その場に立ちつくす。

私がうらやましいとは、どういうことだろう。

思わず視線を下に向ける。

この間の話で、印象に残ったことは、園田さんが体つきを男性のようだと、

言われてしまった過去があるということ。

自分の胸をそれほど大きいと思ったことはないが、まぁ、それなりにはある。

『うらやましい』とは、こういうことだろうか。

いや、でも、そんなことで、今のコメントが出てくるとは思えない。

結局、私は園田さんの言葉の意味がつかめないまま、仕事に戻ることになった。



9-①

《プレラブ プチ知識 タイトル写真》

8 【クロンダイク・ハイボール】

★カクテル言葉は『本音と建前』

材料は、ドライベルモット 30ml、スイートベルモット 30ml、レモンジュース 15ml、
シュガーシロップ 1tsp. ジンジャーエール 適量 レモンスライス





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