9 好感を持って 【アンバサダー】 ②

9-②


私は頷くと、ボタンを一つずつ外していく。

絶対に逃げられない相手の前で、降参していく感覚。

でも、その視線の動きに、自らも自然と酔い始める。

私は隙間からブラウスを落とし、今度は身体を横にして、スカートのホックを外す。

ファスナーが落ちていく。

身体をよじりながら動かさないといけないのに、なんだか行動範囲が狭いからなのか、

うまくいかない。


「ねぇ……啓太」


見ているのなら、いつものようにして欲しいと願うのに、

啓太は視線しか送ってくれない。なんとかスカートを足で動かす。

そこまでこなしてみると、自分が妙な姿でいることに気がついた。


「啓太……」


素肌を見せているより、この中途半端な状態が、妙に生々しく、恥ずかしかった。

それでも啓太は動かない。

いい加減にしてと言おうとしたが、言葉が出ない。

啓太の視線が、最初は挑発しているように思えていたが、今は……



ただ……

哀しく見えてくる。



「啓太……」


啓太は下着のままの私を起こし、両手でしっかりと抱きしめてくれた。

その時、小さな声が聞こえた気がして、心臓がコトンと音を立てる。



『ごめん……』



私には、小さな小さな声が、そう聞こえたから。



「啓太……」


啓太は私の頬を両手でつかみ、そこからはいつものように優しいキスをしてくれる。

妙なスタートを切った私たちの夜だったが、そこからは何も考えられないくらい、

心地よい時間が私を包んでくれた。





「どうしたらいいでしょう」

「どうにかするの」


年に何回か来る、戦争のような日々。

仕事のこと以外考えていると、どこかから雷が落ちてくるくらい、激しい時間。

今回は、連載している漫画の中に、問題なシーンがあると指摘され、

その修正が行われた。編集長も編集部員も、立場を気にしているような余裕がなくなり、

出来ることをとにかくこなすという数日間が押し寄せる。

読者は今、何でも出来る。

おかしいなと思えばネットで調べられるし、同じような意見を持つ人たちと、

あっという間につながることが出来た。

となると、気持ちはどんどん大きくなり、クレームもすぐに跳ね返る。


「よし、説明はこれでいいだろう」

「すぐに流します」


編集者も人間だからミスがあるという考えでは、成り立たないのがこの仕事。

私たちは全力でピンチを回避し、編集長の丸が出るところまで来た。


「あぁ、もう……ダメです。もう、どこにも行けません」


いつもの二宮さんの嘆き。

言ったからといって、変わることは何もないのだが、言いたい気持ちはよくわかる。

ダメだ、ダメだと言いながら、また次の慌しさも、全力で立ち向かうのだ。

私は啓太の番号を押す。

呼び出し音は、数回鳴るのに声が聞こえない。

仕事なのかもしれないと思い、メールで何時ごろなら行ってもいいのかと、

当然のように打ち込み、送信した。



『ごめん、今日は無理だ』



啓太のハッキリした否定が来たのは、それから30分くらいあとのことだった。



「はぁ……」


啓太は急に休みを取ったバイトの穴埋めとして、

夜の営業が終了するまで店を出ることが出来ないと、そうメールに書いてあった。

『仕事』に邪魔をされること、それはあることなので、仕方がない。

私はおとなしく自分の部屋に帰り、テレビのリモコンを持ち、

とりあえず無音状態を回避する。

別に酔いたいわけではなかったが、あまりの忙しさに、頭が興奮状態に思え、

小さめの酎ハイ缶を開け、2口飲んだ。



『今日も忙しい、無理だ、ごめん』



しかし、その次の日も、啓太のメールはこれだけだった。

同じ文章が2日目、3日目と続いたため、私の中に不安の種が浮かんでくる。

啓太と知り合ったのは昨年の12月。

それから季節を2つつなぎ、今は、出会った頃とは正反対の夏になっている。

普段の会話や、松岡さんとのトラブルで、啓太の気持ちを数回耳にした。

私との関係が変わることはないし、変えるつもりもない。

そういうチクチクした瞬間がいくつか重なったからなのか、

『もしかしたら』の思いが、少しずつ大きくなってくる。

未央との時間は面倒だからと、誰か別の人をそばに置きたくなったのだろうか。

仕事が終わり、10時過ぎくらいに、私は駅へは遠回りだけれど、

啓太のマンション前を通るような、帰宅路を進む。

交差点で立ち止まり、303号室の窓を見た。

カーテンがあるけれど、中に人がいれば光が漏れてくるはず。

303からは、闇の色しか見えない。

いないと思ったけれど、念のため今度は前からまた上を見る。

玄関近くの小さな窓、隣のマンションの階段を少しのぼると、よく見えた。

やはり光は感じない。

こうなると、いないということを信じるしかないわけで。

私は、諦めて駅に向かって歩き出した。





啓太に断られ続けて4日目、その日は午前中から眉村先生のところに行き、

次の原稿を受け取った。


「エ! エ! これ」


開いて3ページ目、社長は堂々と主人公に告げた。

『俺には婚約者がいる』

立場は違うし、色々と大変だけれど、自分も社長を好きなことは変えられないと、

前に進む決意をしたのに、大どんでん返しとも言える。


「先生、これですか、今回」


ジェットコースターのような展開は、確かにドキドキするだろうが、

運命をただ彼のために受け入れようとした主人公が、悲しく見えてくる。

未来を語らない男に、それでも思いを送り続ける自分のように見えてきた。



9-③




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