9 好感を持って 【アンバサダー】 ④

9-④


バイトの穴埋め、そして事務的な仕事。

バイトを面接したり、指導したりする仕事もあると、以前確か聞いていた。

その日によって、やることが目まぐるしく変わるのは、確かに大変だろう。

園田さんの話を聞きながら、ここのところ、つれない啓太に対して、

疑いの眼差しを向けた自分が、狭くて小さい女に思えてくる。


「そうなんですか、啓太、そうやって働いているんですね」


思わずこぼれた心の本音。


「彼が仕事をしている姿は、見たことがないので、今、園田さんから聞いて、
こう、頭で想像しました」


私に見せてくれる啓太の姿は、部屋着でゆっくりする姿か、

何もつけていない彫刻のような身体くらいだから……


「それでね、中谷さんに話と言うのは……」


私は、まだ話が始まっていなかったのだと思い、驚いた。

まさか、園田さんも啓太の『セフレ』にでもなろうと言うのだろうか。



「啓太さんの仕事姿を見ながら、原稿を進めていくことを、許可してもらえるかどうか」

「許可……ですか」

「うん」


園田さんは、これからも啓太を見ながら、あの作品の続きを描きたいと、

そう話してくる。


「話しは終わりまで出来ているの。でも、中谷さんの存在を知ったら、
黙って描きつづけているのは、どうも気になって」

「全然問題ないですよ」

「エ……」

「啓太の仕事をしている姿が、園田さんの素敵な作品のヒントになるのなら、
全く問題はありません。どうぞ……」


私がそういうと、園田さんはほっとしたような、そしてとても嬉しそうな顔をした。


「ありがとう、中谷さん」


園田さんはあらためてそういうと、アイスティーに口をつける。


「啓太さん……なのね」


啓太の名前を呼んだ、その一瞬、園田さんが色っぽく見えてしまう。


「はい、啓太……です」


私は、『さん』づけという、遠慮した表現をせずに、堂々と呼びきった。





『恋する気持ち』


そういえば園田さんは、あの作品を作り始めたときに、そんなことを言っていた。

だとすると、啓太の姿に、恋をしたということになる。

私の大切な人なのねと認めていたのだから、妙な行動は取らないだろうけれど。



『啓太さん』



そんな遠慮がちの呼び方が、妙に新鮮だった。





『会えるようになったら、連絡する』



啓太の『忙しい』も5日目。

園田さんの話していた内容から、私が思っている以上に、

啓太の仕事が大変だということを知ったのだから、

黙って待っていればいいと思うのに、気持ちが落ち着かない。



『よく食べて、しっかり寝てよ』



無理な日が続くと、体にすぐ影響する。

私はそれだけを打ち込むと、その日も仕事を開始する。

今日は午後から印刷所に向かい、出来上がりをチェックした後、

すぐに発送と、お届けに回る予定。


「おい、中谷、玄関に客」


編集部員の斉藤さんから、そう声をかけられた。


「私ですか」

「あぁ……俺が歩いていたら、中谷未央さんをと、女の子が」

「女の子?」


眉村先生の熱狂的ファンとか、そういうことだろうか。

先生の弟子になりたいのですなんていう飛び込みは、過去にも数人いた。

直接先生のところに行けばいいのに、今時の子は妙に計算高い。

編集者に迫れば、道が開けるかもしれないという他人任せの強さがあった。

誰とでも会話が出来、誰とでも縁を結べる、SNS時代といえば、それまでだけれど。

私は受付に向かう。

ソファーに座っていた女の子が立ち上がった。



『細川香澄』



それまで、全く身構えていなかった心も頭も、彼女の姿を見て、

一斉に準備を開始する。また、何か言い出すのだろうか。

仕事もしているし、アパートでも頑張っていると、啓太から聞いた気がするが。


「中谷さん」

「何?」

「SDはどうしたんですか」


香澄ちゃんの言葉に、私は思わず『何を』と聞き返した。

どうしたのかと言われても、私は仕事だと聞いている。


「仕事が大変だって……」

「仕事? もう4日も出てきていません。2日休みを取っていたので、
私、メールをしましたが、返事が来ないし。だから、今もマンションに行きました」

「マンションに行ったの?」


思わず声が大きくなった。

受付の2人と目があってしまう。


「ちょっと……ねぇ」

「行きましたよ、だって心配でしょう。具合悪いのかもしれないし。
扉さえ開けてくれたら、私、全身全力で看病しますし」


この香澄ちゃんのケンカを売る態度。

いったい、どこからその気持ちが出てくるのだろう。不思議でたまらない。


「看病なら、私がします」

「中谷さんは、彼女ではないですよね」

「香澄ちゃんも違うでしょう」

「……これからなります」


ダメだ。完全に言い負けている。


「啓太は大丈夫なの。ちゃんと私はわかっているから」


私は、そうウソをついた。

香澄ちゃんは、それなら何をしているのかと、聞いてくる。


「少し出かけているの。でも、仕事には復帰しますから、とにかくあれこれ詮索しないで。
あなたは啓太に言われたことをやりなさいね」


しっかり生きること、そこが大事。


「岡野SD……いつもメールをくれるんです。今日はこうだった、疲れたと書けば、
『一日よく頑張った』とか。美味しいものを作ったと写メを送ったら、
『今度、持ってきて』と嬉しそうに……」


香澄ちゃんは、それがなかったからと、寂しそうな顔をする。


「とにかく、あなたはしっかりして。ねぇ、今だって大学じゃないの?」

「いいんです。単位は取れますから」


香澄ちゃんはあれこれ私に言うと、それではと出版社を出て行ってしまう。

何がメールよ、何が返事よ。

『よく頑張った』とか『持ってきて』……



本当にそんなメール、啓太が送っているのだろうか。



何その、距離感。



私は、今日は予定など聞かずに、マンションの前で張り付いて待っていてやろうと決め、

午後の仕事を必死にこなしていった。



9-⑤




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