10 いつも二人で 【サイドカー】 ②

10-②


私は食事を終えた後、啓太の洗濯物を干していく。

それからしばらくしてベッドの方を見ると、啓太は眠っていた。

まだ熱があるから、とにかく眠って体力を回復しないと。

リビングでいつものソファーに座り、そこで初めてため息をつく。

啓太の部屋、それから啓太のバッグ。啓太の財布、啓太の携帯電話。

そんな、なんてことのないものを見ていたら、じわりと涙が浮かんできた。



これだけ好きなのに……

どうして、未来を夢見てはいけないのだろう。

苦しいときに助けてといえる相手に、どうしてなれないのだろう。



啓太が、本当は何を思い考えているのか、私にはわからない。

これだけ近い距離にいるはずなのに……

何も、見えるものがないなんて。



グズグズした気持ちを抱えたまま、泣いたりため息を落としたりしていたら、

いつの間にか眠りについていた。





朝、啓太の足に触れると、昨日とは全く違っていた。

熱っぽさもないし、顔を見てもどこかスッキリして見える。

私は、天気がよかったので、啓太の部屋のカーテンを開け、太陽を中に入れる。

今日もこれから暑くなると、わかるくらいの強さだった。

昨日は、おかゆが精一杯に見えた啓太だったが、次の日の昼には、

ほぼ普通の状態まで回復してくれた。


「うん……」


なぜか食べたいとリクエストされたのは、『おにぎり』

理由は、昨日、私が食べているのを見て、そう思ったのだという。


「言えばよかったのに、食べたいって」

「いや、昨日はまだ固形物という段階ではなかったな」


啓太はそういうと、口を動かしていく。

啓太の食事風景を見ながら、食べられるというのは幸せなことなのだと、

あらためてそう思った。


「あ、そうそう……そういえば」


私は、園田さんから聞いたことを、啓太に話そうと思い言葉のスタートを切ったが、

すぐにそれはやめたほうがいいと思い、『なんでもない』とストップする。


「ん? 何だよ、それ」

「いいの。考えてみたらどうでもいいことだった」


どうでもいいと思ったわけではないが、絵のモデルになっていると言ってしまうのも、

啓太に意識させてしまう気がして、プラスに働かない気がした。

園田さんも、啓太の何気ないところを、参考にしたいだろう。

互いに意識して、いいものが生まれるとは思えない。


「未央……途中で止めるのは気持ちが悪いだろ」

「だからどうでもいいことだったって、言ったでしょう」


自分の携帯を見る行為に逃げようとした私の手を、啓太がつかむ。

引き寄せられてキスでもされるのかと思ったら、

あいつは髭の伸びた顔を、私の頬になすりつけた。


「ちょっと……」

「くそぉ……押し倒してやりたいが、その先がまだ難しい」

「バカなこと言っていないで、今日は一日おとなしく寝ていなさい!」


私は、啓太の顔を両手で押し返した。

全然、かっこよくも素敵でもない姿が、目の前にある。

でも、こんな何気ないくだらない時間が持てるのは、私だけなのだという優越感。

それだけでも、気持ちが前向きになれる。

啓太がいてくれるというだけで、『前向きになれる』





『……必要ないんだよ……』





なんだろう、どこからか、かすかに聞こえたような声。

誰?



『前向きになって……』

『……俺の人生には、もう必要ないんだよ……』



誰が言ったのかわからない。声だと思ったけれど、誰かのセリフだろうか、

急に頭に浮かんだ。なんだろう、どうして出てきたのだろう。

眉村先生の作品だったのか、それとも酔った編集長が言った言葉だっただろうか、

それとも、時々読んでいる人生相談のセリフだっただろうか。



結局、わからないまま、私は夕食まで啓太と同じ部屋で過ごした。





週が明けて、啓太は無事、仕事に復活した。

私の忙しさも少し和らぎ、編集部に届く読者からの感想などにも、

目を通す余裕も出来る。

二宮さんは、夏休みを取り、これから家族とハワイだとメールをくれた。

彼女が戻ってきたら、私が休みを取れる。

今回は、今まで色々と愚痴を聞いてくれて嬉しいと言っていたひとみが、

温泉旅行というものを計画してくれた。



場所は九州、大分の湯布院温泉。

定番中の定番だが、まぁ、彼女が計画してくれたのだから、文句は言えない。



『眉村先生の作品を読みながら、理想の男性を探すために、自分磨きをしています』

『私も社長のような人に、愛されてみたい』



女性の心をつかむ作品だけに、こういった感想が来るのは当たり前なのだが、

現実と妄想の区別がつかないと、大変な思いをするのは女ではないかと思う私。

それでも、夢を見ることは諦めきれず、またページを開くのだ。



啓太との一歩を期待して、部屋に向かう私のように……



現実の中にも、非現実があるのだろうか。

私は読み終えたハガキを、次に先生のところへ行くときに持っていこうと袋に入れた。





次の日曜日、我が家にお客様がやってきた。

3歳年上の兄のお嫁さん、『千波』さん。年齢は私より2つ上なのだけれど、

私は昔から『千波ちゃん』と呼んでいる。

初めて会ったときから、本当に気があった。兄を抜きにして会っても、

全然成り立つくらい、ストレスも感じない相手。


「ごめんね、未央ちゃん」

「どうしてよ、千波ちゃんなら大歓迎」


千波ちゃんは、実家から贈ってもらった『メロン』をおすそ分けしてくれた。

そう、彼女の実家は、北海道になる。


「実はね、行って来いって言ったのは奏樹なの。和貴の面倒も見るからって」


『中谷奏樹』、それが兄の名前。

二人は、私が『お見合い』をして、それがダメになったことを母から聞き、

心配してくれていたのだ。


「そうか、ごめんね。きちんと報告すればよかった」

「ううん……なんとなくはお義母さんから聞いていたのよ。
ちょっと変わった人だったって」


なんでも話せる千波ちゃんだから、私は松岡さんとのことを隠さずに話した。



10-③




コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント