10 いつも二人で 【サイドカー】 ③

10-③


まずは『クリーナの3番』のこと。


「そう、そうだってね。私もビックリした。奏樹に話をしたら、
その松岡さんって人は、きっと、未央ちゃんが従う女性かどうか、
見たかったのではないかって」

「従う?」

「だって究極でしょう。香りを決められるなんて。でも、世の中には、
究極的に指示待ちって人もいるんだって。自分では何も決めません。
全て決めてくださいって人」

「ウソ……」

「ウソじゃないよ、いるのよ、いるの」


千波ちゃんは、とにかくよかったよと、そう言い始める。

松岡さんが、私の行動を追っていたこと、プレゼント攻撃があったこと、

メールでとんでもないことを書かれたことなど、全て話した。

千波ちゃんは、時々、目を丸くしながら聞いてくれる。


「それは予想以上だ」

「うん……」


それでも、なんとか話をつけて、今は何もないことも付け加える。


「そう……」


千波ちゃんは、納得したのか頷いてくれた。


「大丈夫だからって、お兄ちゃんにも言ってね」

「うん、もちろん。ちゃんと言うよ」


真面目な兄と、家庭を守り子供を育てる千波ちゃん。

本当に夫婦の鏡とも言える二人。


「未央ちゃんさ……本当はいるのでしょう、お付き合いしている人」


千波ちゃんはそういうと、奏樹もそう思っているよと言葉を足してくれる。

私は小さく頷いた。

そもそもの失敗は、その気もないくせに、『見合い』をした私。


「好きな人はいるのだけれど、その人が将来を考えてくれない人で……」


千波ちゃんだから、心の底まで語れてしまう気がした。

兄の奥さんだから、私のことを考えてくれるけれど、

親でも兄弟でもないから、感情的にはならず、どこか冷静に聞いてくれる。

さらに同じ女性として、本音も聞ける気がした。


「将来を考えないって……奥さんでもいるとか?」

「ううん……出会いがね、お酒の席だったし、
互いに付き合うことを優先してしまったから、
うまく流れていないだけかもしれないけれど、将来的なことを話すと、
形を作るようなことは考えられないと言われるし……あ、そう、実際、
『見合い』のトラブルが終わったときにも、ちゃんと納得できる男を連れて来いって、
そう言われてしまって」


それは、そういう男だったら、そっちへ行けという意味。


「そんなこと言われるの?」


千波ちゃんの言い方からして、啓太のポイントも相当マイナスになる気がする。


「うん……そう、そういうの。だから、
これからどうするのかは、自分で決断するべきなんだよね、
相手は自分の意思をきちんと出しているわけだし」


付き合いをする男女が、全て結婚をゴールとしなければならないとは、

何も決まっていない。自由に恋愛をし、

それを繰り返していても、問題はないのだろうけれど。


「未央ちゃんは、その人と結婚したいの?」


私はバカだなと思いつつ、頷いてしまう。

千波ちゃんから、ため息が漏れるのがわかる。


「そっか……」


堅実な千波ちゃんにしては、別の相手を探せと言いたいところだっただろう。

それでも私が、そこまで気持ちの整理がついていないことも、わかってくれる。


「昔、勤めていた会社の先輩でね、恋人はいるのに結婚をしない人がいたのよ。
どうしてなのかなと思っていたら、幼い頃のトラウマで、
結婚に気持ちが向かないって、そう言っていた」

「トラウマ?」

「うん……幼い頃から、お父さんとお母さんが言い合っている思い出しかないみたいで。
でも、子供がいる、つまり自分がいるから離婚をためらい続けている姿を見ていたら、
縛られるのはイヤだって」


『トラウマ』

親が不仲だと、確かに『結婚』に意味があるだろうかと、考える人もいるかもしれない。


「でも、同じ境遇で、逆に自分はいい家庭を築きたいと思う人もいるっていうから、
まぁ、結局、その人にしか気持ちはわからないけれど」


千波ちゃんは、自分の話しは、なんだか無責任な意見だと渋い顔をする。

私は、そんなことはないよと言いながら、カップに紅茶を足した。





『トラウマ』

この言葉は、千波ちゃんが帰ってからも、ずっと心の中にあった。

啓太にも、『結婚』を自分の選択肢から除外する、何かがあったのだろうか。

私はいつも啓太の言葉の出し方を、不思議に思っていたから。


迷いがなく、完全な意思決定がそこにある気がしていたから。


話をすれば、理由がわかるのかもしれないけれど……


その話をすること自体、啓太は望まないだろう。





夏休み、比較的のんびりした仕事を続け、啓太の部屋へ向かう。

その日は、啓太が外に食事に行くと言ったので、私は横に並んで歩き出した。


「どこにいくの」

「まぁ、いいから」


仕事場になる出版社と、啓太のマンション。そして駅。

私にとって、このあたりに必要は場所はそれだけだったため、

あまりそのまわりにまで、興味を広げたことはなかった。

啓太自身も、今まで知らなかったけれど、

偶然、ひと駅分歩こうと思った日に、見つけたという。


「ひと駅歩いたの?」

「あぁ……。天気もよかったし、体の調子も戻ったし、それで」


啓太はこのあたりは平坦な道が多く、歩くのには都合がいいと話してくれる。

8月の終わりにしては、涼しげな夜。

店が並ぶ道から、だんだん静かな住宅街に入っていく。


「ほら、あそこ」

「どこ?」


啓太が差した方向を見るが、洋風の家が数件並んでいることしかわからなかった。

私は視線を出来るだけ広範囲に動かし、目的地を探す。


「あぁ……」


遠くから見て、これだとわかるような看板もなく、店の前に立っても、

本当にここで食事が出来るのかすらわからない。

啓太は扉をゆっくりと開ける。

その瞬間、香ばしい匂いが鼻に飛び込んできた。



10-④




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